【コランダ地方】初めての熱、不安と思案
それぞれに眩しい笑顔を向けてきた女性の言葉に、思わずメイジーはグリモアを見た。
彼もきょとんとした顔で彼女を見上げた後、メイジーに一瞬視線を向けて、すぐに足元のキマリスを見遣る。
ミーがバトルの誘いをしてきた意図が少し見えてきた気がした。
きっと彼女は、キマリスが抱くグリモアへの信頼を手っ取り早く理解させようとしたのだろう。
バトルをしている最中は頭が真っ白になって、正直メイジーにあまり詳細な記憶はない。
けれど的確かつ冷静に指示を飛ばすグリモアも、彼の指示に応じようと駆けまわるキマリスの姿も、どちらも鮮明に目に焼き付いている。
それだけではない。
楽しく踊るように場のペースを持って言ったホアンシーの姿。
試すようでありながら同時に見守る優しい目線で、傷つけるだけではないバトルを見せてくれたミーの姿。
そしてぎこちない指示に振り回されつつも精一杯頑張ったココの姿。
撫でられた頭を軽く押さえたメイジーの頬に、自然と笑みが宿る。
ポケモンバトルって、こんなに眩しいものだったんだ。
「こ、こちらこそ…ありがとう、ございました。ミーさん」
少女の兄代わりを務めてきたキルリアは、その光景を険しい顔で眺めていた。
メイジーがポケモンとの向き合い方を考えるきっかけが生まれたことはとても喜ばしいことだ。
ココは今でこそ幼く力が弱いが、いずれ人間より遥かに強い能力を持つ。その力を自覚させ制御するためには、バトルで経験を積むことが最も適切だ。
今後もふたりが家族として傍にいることを望むのであれば、互いの力の差は理解しておかねばならない。
だから、バトルをすること自体は何ら問題ない。寧ろその機会を与えてくれた子どもと、誘ってくれた女性にララは大いに感謝をした。
けれど。
ちらりと見遣った視線の先には、共にバトルをした二人の姿がある。
キルリアを含めたラルトスたちの種族は、他者の感情を読み取ることに突出したポケモンだ。
本来は群れの仲間であるトレーナーの感情を読み取ることが常であるが、それでもその二人に感じた"違和感"は嫌でも目を逸らせなかった。
片や凪いだ水面のように揺らぎのなさ過ぎる透明な色。
片や黒い絵の具の上を無理矢理白い絵の具で塗りつぶしたような、歪な明るい色。
自分が気にかけるべきは妹たちだけでいい。そのはずなのだが、ララは思わずべリトと呼ばれていた幼いカブルモへと視線を向ける。
羨ましそうにバトルを眺めていた、興奮が宿った瞳。それがすぐに不思議そうなものへと転じてララを見上げた。
『どうかしたの?』
『あのグリモアという子は、いつもああなのか?』
『ああ…? よく分からないけど、グリモアはいつも通りよ?』
何を指しているのか分からないと言ったように、べリトは言葉を復唱する。
それにララはすぐに首を振って『そうか、ならいいんだ』と返した。
発芽すらしていない種のような心も、一度折れた花を無理矢理に立たせているような心も、正直ララのように感情を読めるものにとっては心地のいいものではない。
それでも放っておけない、見ていなければいけないと感じてしまうのは、ヒトの歪な心が悪い結末をもたらすことを知っているからだ。
見守り道を踏み外しそうになれば正す、それは本来彼らの手持ちたちの役目なのだろうけれど。
バトルの後のトレーナーたちが織り成す和やかな歓談は、眩しく華やかなパフォーマンス会場からの歓声に混ざっていく。
その影で、キルリアは険しい顔のまま出会った二人のトレーナーを見つめる。
__一緒についていけば、見張りつつメイジーの旅の護衛代わりに出来るかもしれない。
そうひとつの案を思い浮かべた後に、さてどちらについて行こうか、どうやってメイジーを誘導しようかと、過保護な兄は再び思案したのだった。