【コランダ地方】ふたつの海色
「つまんなかったか?」
バトル後のクールダウンを終えた手持ちたちを横目に、勝者であるこどもにこれでもかと商品の詰まった袋を手渡す。
グリモア自身が選んだ商品を半額どころか無料で譲渡……だけに留まらず、おまけに今朝焼いたパンやらポフィンやらも詰め込んだため大変な量になってしまった。
さすがにやりすぎたか、と両腕いっぱいに袋を抱えるグリモアを見て反省はしたのだが、当の本人は困るどころか全てを無言で享受している。
困らせてしまっただろうかと表情を伺っても、その顔はバトル前からと変わらず静かなもの。
そこでふと思い至った疑問が、冒頭の言葉を発する経緯である。
グリモアはじっとこちらを見上げたあと、静かに首を横に振る。
かといってその視線には、バトル後の熱の燻ぶりも勝利への高揚も見いだせない。
可愛くない子だな、というのが素直な感想だ。……見た目があまりにもなので、どうしても不快感が湧いてこないことが若干困る。
「ならもうちったぁ嬉しそうにするとか、上辺だけでもサービス有難がるとか、そういう努力をしろよな。余計な敵作るぜ」
とはいえ、楽しませられなかったのは俺の実力不足なんだけど、と口をとがらせる。その仕草すら、対して興味なさそうにその子はただ見つめてくるだけだ。こどもらしからぬその表情に不快感はないものの、若干の腹立たしさが沸き上がる。
銀糸がまとめられた頭を、遠慮なく、そして容赦なく撫でまわす。
されるがままになっていた子どもの頭から手を離せば、その髪の毛はぐっちゃりと乱れてしまっていた。
うん。綺麗すぎるより、これくらいが子どもには丁度いい、と勝手な納得を得る。
「また来いよ」
誘いの言葉に返されたまばたきには、大した意味はないのだろう。
その瞳は凪いだ海の色をしていて、感情の動きは見られない。
だからというわけではないが、敢えて少しだけ大人げない発言を続ける。
「写真の男の話、お前が本当に興味あるってんなら話付けとくからさ。お前が本気で知りたいってんなら、また来いよ」
その子がどういった理由で彼を探しているのかを、テイ自身が知る由はない。
けれどどうしても見覚えのある容姿と髪型に自然と連想するものはいくらでもある。
それを教えることは簡単だ。けれど、だからといって大切な家族の話を教えてやる義理はこちらには一切ない。
「ま、客として来てくれても全然嬉しいんだけどさ」
それはそれとして、将来有望な若者と出会えた喜びは事実だ。
トレーナーとは正反対に全身で感情を表現しているヨーギラスに、宥める意味を込めてポフィンをひとつ手渡しながら笑いかける。
その間もこどもの表情が揺らぐことはなくて、ああこいつはある意味大物かもな、と変な笑みを浮かべることしかできなかった。
「ティス」
検診から帰って来た伴侶を熱い抱擁で迎え入れ、そして雑にあしらわれるいつものやり取りのあと。
ソファに腰かけながら医療器具を手入れし片付けていたドティスへと、労いを込めたお茶を運びそのまま隣へと腰掛ける。
ただのスキンシップではないのだと声色で察したようで、彼女は無言のまま器具に向けていた視線をこちらへと向けてきた。
「今から"今更何掘り返してくれてんだ"って話するけど良い?」
「…改まって何だ」
ドティスは手にしていた道具類から手を離して、それをテーブルの上へと置いた。そのまま二色の瞳で続きを促すように目線を合わせる。
ぶっきらぼうではあるものの、目を見て話してくれるところがやっぱ優しいんだよな、と内心沸き上がった惚気を呑み込んだ。
その代わりに告げた言葉は自分でもあまり口にはしたくない話題であり、僅かな希望と苦い感情を起こさせるもの。
それでいてきっと、彼女の幼い頃の傷を抉り返すものだ。
故にか思った以上に低いトーンで発された声に、自分でも少し驚いた。
「ティスの親父さんが生きてるかもしれねぇ」