【WIT】祭りに呑まれて


賑やかな会場を離れ、夜の空の下へと踏み出す。
見上げればそこには、美しく光を反射する水面。
天の湖、というらしい。地元を離れるときにそれなりに覚悟はしていたものだが、この機関で目にする奇怪なものの多さは予想以上だ。
バディ探しに精を出していたものの、少し人の熱に充てられた体。それを冷やそうとドレイクはレインドロップの花畑に訪れていた。
自身が炎を得意としているためか、水というものには若干の苦手意識がある。頭上のそれが落ちてこないだろうか、だなんて少し子供じみたことを_それでも慣れていないものであれば当然抱くであろう感想を_頭に浮かべながら、花々の間を進んでいく。


ほんの少し、熱を冷ますだけのつもりだったのだが。
溜息を吐きつつ、ドレイクは足元に転がったそれを見る。
そこにあったのは…いや、居たのは同室の男。ブラックがほんのりと朱を帯びた肌色で、何やら瓶を抱え転がっていた。何をそんなに大切そうに抱えているのやら、と覗き込めばそれはどうやら酒瓶のようだ。酒を飲んでいる姿など見たことがなかったので、若干意外に思う。場に酔うというやつだろうか、この男でも祭りとなればはしゃぐのだな、と見当違いな感想を抱いた。しかし、それはそれとして別問題だ。
「いや、風邪ひくだろ……」
至極素直かつ単純な心配をしつつ、小さく「おぅい」と声をかける。反応はない。
では、と試しにつついてみる。…同じく、反応はない。
ここまで無防備な姿は珍しい、と若干目を輝かせる。しかし普段飯の感想をくれないからといって、眠っている相手に悪戯し続けるのはいただけない。
「おい、ブラック。起きろよ」
再度の声かけ。今度は僅かに身じろいだ気配がしたが、やはり目を覚ますことはなかった。
「…声はかけた、起きなかった。じゃあ文句言える筋合いはねえよな」
うん、と一人勝手に納得をする。花畑に埋もれるように一度しゃがみこんだドレイクは、そのままひょいとブラックを抱え上げた。……所謂俵抱きというものだ。
面倒だが一度部屋に連れ帰ろう、とドレイクはそのまま寮への道を歩く。
なるべく人気が少ない道を選んで進んだのは、自分の世話焼きをあれこれ言われるのを嫌ったためだ。 ブラックが人目を気にするだろうという配慮も、そこに若干は含まれているのだけれど。


やっとのことで自室にたどり着く。いくら小柄とはいえ成人男性一人を抱えたまま歩き回るのは骨が折れた。
少し休んでから会場に戻るか、そんなことを考えながらドレイクはブラックを彼のベッドへと押し込む。
さて、と離れかけて、そこで足が止まった。

着慣れない正装服。そのシャツの裾を、しっかりとブラックの手が掴んでいた。
何か夢でも見ているのだろうか。その表情はどこか切なげに見えて。

「……ま、いいか」
振り払うのも心地悪い。そう結論を導き出し、ドレイクはそのままベッドサイドに腰かける。
そのうち自然に放すことだろう。それとも、彼が目を覚まして不機嫌そうな顔を見せる方が先だろうか。
どっちにしろ、パーティのご馳走の取り分は減るんだろう。仕方ないか、と世話焼きは嘆息する。


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