【コランダ地方】揺らげども、立ち塞がるものであれ

こちら【 https://twitter.com/Ta_kim8/status/1530077769157451777?s=20&t=ZguHmiFQhr0VAsGb4GUwhg 】の流れをお借りしています。


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視界に入った瞬間脳裏を埋め尽くした感情は、驚愕一色だ。
自身に声をかけてきたこどもは、とても懐かしい容姿をしていた。
そう。共に船で生活していた、船を飛び出した頃のドティスにとても良く似ていたのだ。
しかもその髪型も見慣れた彼女の母親とそっくりで、余計に困惑してしまった。

ティス、おばさんとお揃いの髪型はあんましなかったよなぁ、恥ずかしかったのかな。髪も短かったからかな。今お願いすればしてみてくれるんかな……なんて遠い日に思わず思いを巡らせかけたとき、こどもは一枚の写真を見せてきた。
それを見て、色々とめぐっていた感情は全て吹っ飛んだ。

突き出された写真に写っていた男は、見たことがないほどに歳をとった、けれどとても見慣れた人だった。
知らないはずがない。テイ自身その人には幾度となく世話になり、家族と言っても差し支えないほどに同じ日々を共にしていたのだから。

咄嗟に、カウンターの内側に飾っていた写真たてを手で倒し隠した。内側に置かれているのだから、目の前のこどもにそれが見えるはずもないのに。

そこに収まっていたのは、結婚の報告をするために実家の船に帰省した際に撮った家族写真だ。
テイによく似た笑顔の父と、快活そうな顔つきを優しく弛めている母と、満面の笑みのテイ。そして、普段よりも柔らかい表情__をテイから見ればしているように見える__大切な伴侶の、ドティス。
そこにドティスの家族の姿はない。当然だ、彼らは自分たちが船を出る前に儚くなっている。
いずれも急なことで、幼かったテイも酷くショックを受けたものだ。
ドティスの母は船を上げて葬式を執り行ったし、ドティスの父は遺体が上がらなかったために海へ黙祷を送ったことを覚えている。

__そう、遺体は上がらなかったのだ。

そこに思い至るまでにテイが要した時間は約3秒。
ドティスのこととバトルのこととなると頭の回転が速い男ではあるが、会話の最中に3秒も黙ってしまえば相手は困惑することだろう。
やはりカウンターを挟んで対峙した子は不思議そうに首を傾げて、掲げていた写真をそっと手元に戻した。
返事がなかったことから「テイがその男を知らない」とでも判断されたのだろうか。

「…、…わ、悪いな。ちょっと一瞬眩暈がして」

何とも適当な、それでいて嘘ではない言い訳を溢せば、こどもは納得しているのかいないのか視線だけを寄こしてくる。
カウンターによじ登ったヨーギラスがソワソワとした様子でテイとこどもの両方を見比べていた。…カウンターの中を覗かれる前に写真を隠せてよかったかもしれない。

この子が写真に写る男__ドティスの父親、その関係者を探しているのならば隠す必要はないのだろう。その写真の人物は伴侶の父で、自分にとっても家族のような男だと答えればいいだけのことだ。
だが、さすがにドティスのいないところでこの話をすることは憚られた。

「写真は……なんも言えねぇけど、バトルに関しては受けて立つぜ」

その言葉にこどもは瞬きしてから小さく頷いた。
無口な子だな、と思う。子どもの頃のドティスでも、さすがにもうちょっと愛想は良かった。

そう考えるとこの無表情にも少し愛着のような感情が湧いてきてしまって、テイは慌ててカウンターから立ち上がる。そうすれば小柄なこどもとの距離はより一層開き、その子の見上げる姿勢がより可哀そうなことになってしまった。
慌てて中腰になり視線を低くして、こどもとの距離を縮める。

「俺はここの店長のテイ。君は?」
「……グリモア」
「グリモアな。よろしく」

挨拶と共に差し出した右手に、こどもは少しだけ返答に間を置いた。
暫しの時間を要したのちに、握手が返される。
その様子にほっとしてしまったのは、この子が世界一愛している伴侶に似すぎているが故なのだろう。良かった、礼儀がなってさえいれば余計な亀裂を生むことはない。

じゃあこっち、とバトルフィールドにグリモアを案内するために裏口の扉へと向かう。道中にユラに視線を向ければ、分かっているというように頷きが返された。
グリモアが伴侶とどんな関係であるかは細かくは分からないものの、ドティスを幼いころから見知っている手持ちたちをこの子と対峙させるのは気が引ける。きっと彼らも困惑して納得のいく動きができないことだろう。

店を建てる際に作った自慢のバトルフィールド。その両端に二人のトレーナーが足を踏み入れる。
静かに佇むグリモアがこちらへ視線を向けたことを見計らって、テイは声を張り上げた。

「ルールは単純、1on1。俺たちに勝ったらどんだけ買っても商品半額だ。いいな?」

返事はなかった。代わりというように、しっかりとした頷きが返される。
よし、とテイが口端を上げると同時にユラがフィールドに飛び出した。

「先攻は譲るよ、チャレンジャー」

まるでジムリーダーのように胸を張ってそう言えば、どんな客だって闘志を燃やすものだ。
それを折るのが楽しい、なんて言えば呆れられてしまうのだろう。それでもこの店は自分の城で、自分はこの城の主であることに変わりはない。
友人である炎のジムリーダーを思い浮かべて僅かに笑みを作る。
大切なのは戦う相手へのリスペクトと、自身が立ちふさがる壁であることへの自覚。相手がこの先成長していく若いトレーナーなら猶更だ。
ジムリーダーや四天王のような肩書がなくとも、この先輝きを放つであろう子供の成長を見守れる立場だと思うと、自然と背筋も伸びる。
…まあ、こちらが守るものは店の売り上げなのだけれど。

そこまで考えて、少しだけ悪戯心とお節介が脳裏で囁いた。

「……写真の男。似てる人には覚えがあるよ」
「……?」
「今後とも贔屓にして、また遊びに来てくれるんなら。色々話を仕入れてやってもいいぜ。……まあ、まずは俺に勝ってからの話だけどね」

人相が悪いと評判の笑みを、にっかりと作る。大人げない自覚はあるが、これであの子の闘志が盛るのであればそれでいい。
相手が誰であろうが、容赦するつもりはないのだから。

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