【コランダ地方】春の空

★お借りしました!
 タリオンさん、アスピリンくん、ペンタサさん
 ※ペンタサさん(ヌケニン)はドティスさんがテイの家に預けている過去の手持ちです。


春の香りが漂う、ある快晴の日。
マスターたちは久方ぶりの逢瀬のために、離れた町で行われる祭りへと出かけて行った。
家の留守を任されたのは、同胞たちの中でもしっかり者と評される面々ばかりだ。
それを誇らしいと思う。同時に、たまには私たちの面倒を見る責務から外れてはしゃいで来てほしいとも。

そんな私の心情を知ってか知らずか、マスターは和やかな表情と共に同胞たちへ__私も含めて__ねぎらいの言葉を残して、家を後にした。

穏やかな日差しが差し込む家は、普段とは異なりとても静かだ。
それがまた新鮮で、私は居心地悪く翅を振るわせた。

普段からよく共に行動しているペンタサの姿はない。
あの子はどうにも、ドティスたちが帰ってくると身を隠してしまう傾向がある。
それの原因は分からなかったけれど、トレーナーであるドティスとあの人について行った手持ちたちがいない今この状況でも、同じとなればおのずと見当は付く。

窓際へと視線を向ける。以前は傷を負い力なく止まっていた翅は、今は日差しを浴びて美しく瞬いていた。

綺麗だ。
自然と、そんな感想を抱く。

ペンタサを想うと同時、いや、それ以上に私は彼女に心配にも近いような心情を抱いていた。
彼らの間に何があったのかを尋ねるほどの度胸は私にはない。
けれどだからといって、分かりやすく距離を取るその関係性を無視できるほど器用でもないのだ。

タリオンになんと声をかければいいのか戸惑いながら様子を伺っていると、背後から快活と親しみのある声が響く。

『スィ、そこで何してんだ?』
『わっ…!?』

アスピリンの不思議そうな声音に、思わず飛び上がってしまった。
震えながら振り返れば、不思議そうに首を傾げるアスピリンと何故か不機嫌そうなマレの姿がある。
マレのことだ、私がうだうだと悩んでいるのをお見通しなのかもしれない。彼女は悩むばかりで行動に移さないものを最も嫌うのだから。

『タリオンのこと見てたのか?気になるなら声掛ければいいのに』
『あ、えっと、』

言い淀む私を置いて、アスピリンはおぅいと声を張り上げる。
それにタリオンが気付いて、涼やかで美しい空色の視線を向けた。
ああもう。アスピリンは全て悪意なくやってのけるのだから何も言い出せない。

『どうかしたのか』

軽やかに翅を震わせて、タリオンが触れない程度の距離まで降り立った。
…ああ、まただ。貴女はどうにも、ひとと距離を置く。私と貴女の相性故に、気を遣わせているのだろうか。

タリオンの質問に、答えられる言葉を私は持っていない。
言い淀む私を前に、アスピリンもタリオンも首をかしげてしまった。
情けない、抱える気持ちはあれどそれを言語化することはできないのだから。

段々と氷に似つかわしくない体温に変わりつつある私を案じてか、マレがそっとアスピリンの頬を鼻先で撫でた。

『兄貴、ちょっと外に出て日光浴しないか』
『え?でも今…』
『良いから』

殆ど無理矢理といった体で、マレはアスピリンの身体をぐっと押しのける。横を通り過ぎながら庭へと向かう最中、マレは静かに私に視線を送った。小さくウィンクさえしていた気がする。違う、違うんだ。私はそう言った意図で彼女を見ていたわけでは。

『……私に用があったのだろう?』

嵐のように過ぎ去っていったメブキジカ兄妹を見送ってから、タリオンは静かに言葉を紡ぐ。
用があったというわけでもない。けれど全く言いたいことがないわけでもない。
どうやって言葉を紡ごうかと思考を回転させて、熱くなった脳はやっと言葉を導き出した。

『ば、バトルを』
『バトル?』

そう。以前ともに夜を過ごした時に、寂し気な背中に寄り添いたくて絞り出した条件。
やっとのことで私は、それを美しい彼女へと向けた。

『貴女のことを、知りたいのです。だから、…一度、手合わせ願えませんか』

それはかつて、貴女の隣に寄り添う条件として差し出されたもの。
今私の力を引き出してくれるマスターはともにはいないけれど、だからこそ、今伝えなければと私は必死に視線を合わせた。
地を這うばかりの虫であれば誰もが憧れる、透き通った空色の瞳と。

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