不器用の話
昔を思い出すように額を撫でられて、どうしてか泣きそうになってしまった。それは己の不甲斐なさからくるものなのか、兄が変わっていないことへの安堵なのか。多分どちらもだな、と頭の中は冷静に結論を出す。
正直、あのくそ野郎への怒りは全く鎮火していない。
嫌なやつのことなんて三日で忘れるよ、と笑ってテイは言ったものだが残念ながらアタシはそこまでお気楽な思考回路を持ってはいなかった。
冷静な頭がアスピリンの言う通りテイが踏み止まらせてくれて良かったと思う反面、感情の炎はあのままあいつらを殺せばよかったとも告げてくる。
だからこそ、兄の言葉にどれほど今安堵したことだろうか。
もしもまたがあった時は駆けつけてくれるというのだから。
『…ありがとう』
辛うじて、最低限伝えたい言葉だけが小さく漏れる。
少し擽ったそうに兄が身じろぎをしたのちこちらの顔を覗き込んで微笑むものだから、子供扱いは止めろ、と素直じゃない言葉を添えて。
『マレもあんな顔で笑うのですね』
静かに場を眺めていたスィが、思わずといったように言葉を零す。彼自身手持ち入りをしてから随分と経っており付き合いは長いものではあった。それでもマレが穏やかな表情を浮かべた記憶はスィの中に数回とない。
『絶対に自分では認めないけど、所謂ぶらこんってやつだからねぇ、あの子は』
モーリが小さく笑い、スィを見遣った後にメブキジカ兄妹へと視線を戻した。
この兄妹はドティスとテイがはじめて、トレーナーとして自力でゲットした仲間だ。モルヒネはまだメノクラゲで、オセアンもコイキングだった頃の出会い。
ドティスは同世代と比べると賢い子だったし、モルヒネとの相性も良く当時から安定したバトルを行っていた。タイプ相性を見てもドティスたちがアスピリンを捕獲できたことは納得の一言だろう。
一方のテイとオセアンである。細かいことを考えられないテイとはねるしか使えないオセアンが、どうしてマレを捕まえることが出来たというのか。
簡単な話だ。兄が行くと決めたから、それについて行くためにテイの投げたボールに収まったというだけの。
気難しくて身内思い。誰よりも家族を大切にする愛情を持ち、それ故に部外者をとことん毛嫌いする。それがマレなのだと、モーリは少し困ったような笑顔で告げた。
『最初はテイも蹴られてばかりで大変だったよねぇ』
『むしろアスピリン以外で蹴られてないやついないだろ…』
『アスピリンも怒らせたら蹴られてただろう』
『そういやそうか』
昼のメガシンカの影響か疲れた様子でとぐろを巻いていたオセアンが、ぼんやりと口を挟んでくる。その背中を羽でぽんぽんとモーリが撫でてやると、照れ隠しなのか感謝なのか、オセアンは小さく鼻で笑った。
『……あれ?モーリ、お前まだいなかったろ。なんでその時のこと知ってんだ?』
『僕も見ていたから、そりゃ知っているさ』
『は?あれ?お前いつから船に住み着いてたの?』
『ん?君がタマゴの頃から見ているよ?』
『おい初耳だぞ!?』
思わずといったように声を上げたオセアンをモーリがのほほんと笑って流す。
何を騒いでいるのかとモルヒネやパナセアも顔を向けてきて、いつもの我が家よりも室内が少し賑やかになった。
そんな手持ちたちの戯れに気が付いたのか、探し求めていたという想い人に宥められていたテイが顔を上げて破顔する。
彼の様子に寄り添っていたドティスの表情も少しだけ優しくなったように見えたのは私の願望だけではないと思いたい、とスィは目を細めた。
『皆さん、本当に仲が良かったんですねぇ……』
そんな彼らが再会できたという事実が今更ながら嬉しくて、でもそれを直接告げるためにこの空気を壊すこともしたくなくて。スィはひとり翅を震わせて、小さく微笑んだ。