【コランダ地方】油紙に火はつかない

私に勝ち目がないのは一目瞭然だ。だというのに対面し真っすぐ私を見つめてくる貴女は、本当に優しい人だと思う。
太陽のきらめきを持つのはその姿だけではないのだと改めて、思う。

アスピリンとマレが見守る中、タリオンの身体が飛びあがる。風を切るため力強く羽ばたく彼女の翅は、私の薄い羽根よりも数段素早くその身を翻した。

飛び立った彼女は風を味方につけながらその場で鱗粉を散りばめる。ちょうのまいによって生じたそれらは、タリオンの身体を包むように輝いた。
それならばと、私は力強く翅を羽ばたかせる。生じた風は私の身体を包み込んで背中を押す。

先に動いたのは、辛うじて私の翅だった。
より動きを鈍らせるために放ったこごえるかぜが、おいかぜに乗ってタリオンの身体を覆い隠す。
ぶわりと舞い散る火の粉のような鱗粉が、彼女の身体を守った。それでもいくらかは体の動きを鈍らせることは出来ただろうか。

氷の破片を炎で振り払ったかと思えば、そのまま彼女の翅がこするように振るわされる。
それを目視してから、私も慌てて音を発した。
互いの放った音波がぶつかり合い、小さな衝撃を生んで風が吹く。

それに私の身体が揺らいだ瞬間に、タリオンが再びむしのさざめきを放った。間髪入れずに撃ち出された技に、今度は対応しきれず身を翻して事なきを得る。

おいかぜがなければ咄嗟に技を打ち落とすことも避けることも出来なかっただろうと、力の差を改めて理解した。そして無駄のない動きから伺える、バトルセンスの高さにも。

身を立て直しながら、再び氷を発するため彼女を見据える。
赤い翅は休む間を与えるつもりはないらしい。太陽とまがう眩しい炎が発されて、本能は一瞬怯んだ。
けれど、それでは意味がない。

舞う炎を身に纏い向かってくるタリオンに、しっかりと向かい合う。
吹き荒ぶ風に乗せるように、全霊のこなゆきを放った。
ちいさな氷の破片たちが、高温の炎に端から蒸発されていく。

技がぶつかり合い視線が噛み合う一瞬、彼女のまなざしが違う色を乗せたように思えた。

『なんで避けずに突っ込むんだか』

呆れたようにぼやきながら、アスピリンが摘んで来てくれたオボンの実を差し出した。
苦笑を溢しつつ、礼を返してそれを受け取る。
齧った実は瑞々しく、疲れた喉を潤した。けれど私の小さな胃袋では、正直一口でもうお腹いっぱいだ。
食べきれずに持て余していると、横で見ていたマレが不機嫌そうに低い唸り音を上げる。

『…食わないんなら治療の代わりにチーゴの実塗り込むぞ』
『い、意味あるんですか、それは』
『試されたくないんなら大人しく食え』
『はい……』

小さく舌打ちが返されるが、それが彼女なりの思いやりの結果なのだと知っている。
これ以上心配はかけまいと、大人しく彼女たちから受け取ったオボンの実を食べることに集中した。

バトルの結果は言わずもがな。
どれだけ動きを鈍らせたところで、燃え上がった炎を氷で鎮めることは出来なかった。
撃ち出したこなゆきが軽減させたとはいえ、タリオンのほのおのまいを真っ向から受けたのだから、体のあちこちが熱でひりひりとしている。
だというのに私の頬は思わず緩んでいて、それを見た兄妹は不思議そうに、あるいは怪訝そうに首を傾げるのだ。

彼らに改めて礼を告げてから、離れた場所で身を休めていたタリオンに別のオボンの実を持っていく。
正直大したダメージもないだろうし、下手に近寄るのは余計なお世話かもしれないけれど。

『手合わせいただいてありがとうございました。…次はより一層、精進しますね』

情けない姿を見せてしまったことも、負けてしまったことも悔しい。
せっかく与えてくれた機会を失ったことも悔しい。

けれどそれ以上に、勝手な満足を得ていた。
彼女は手を抜いていなかった、それが一番嬉しいのと同時に。
なんとなくではあるけれど、距離を置かれる理由が見えた気がしたから。
憧れである彼女のことを、少し知れた気になってしまった。

だから少し欲が出てしまった。
思わず『次』が口から出ていたことに気付いて、私はまた口を噤むのだ。

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