けふ

40代、現在独身。人と人との関係性について仕事(人材・組織開発、事業企画)と学び(聴く、共感)を続けています。 最近は、近しい人との関係性、その扱い方についていろいろと調べたり試行錯誤に取り組んでいて、そうした中で考えたり思ったりしたことを発信していこうと思っています。

けふ

40代、現在独身。人と人との関係性について仕事(人材・組織開発、事業企画)と学び(聴く、共感)を続けています。 最近は、近しい人との関係性、その扱い方についていろいろと調べたり試行錯誤に取り組んでいて、そうした中で考えたり思ったりしたことを発信していこうと思っています。

最近の記事

事象と感情を理解することで自分につながる

このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回の記事では、あらためて「家事育児の分担」に関して、僕が理解してきた外観(構造)をまとめてみました。 今回は少し趣向を変えて、「事象と感情を記録する」という発想に至った背景を書き留めてみたいと思います。 きっかけは「お気に入り商品のリニューアル」先日、よくいくカフェにいったときのこと。お気に入りだった商品(パン)がなくなっていました。ラインナップがリ

    • 家事育児の分担を動かすのは外圧?

      このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回の記事を書いてから、ずいぶんと時間が経過しました。 いろいろ立て込んだことに加え、心身のコンディションの影響もあり、なかなか記事を書くことができずに過ごしてました。。。 身軽な環境で生活している身でさえこのような状況になることを思うと、子育て等の渦中にあるご家庭で記事を書かれている方々、本当にすごいことだとあらためて体感する機会になりました。 そん

      • 生活の充たされ度合いを高めうる「家事のアウトソース」

        このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は「家事分担の観点からのコミュニケーション支援サービス」について書きました。 今回は、その周縁にあるサービスのもうひとつである「家事のアウトソース」について触れてみたいと思います。 家事サービスと利用傾向の分類家事のアウトソースについても、ご家庭によって利用状況はさまざまだと思います。 すごくおおまかにわけると、以下の観点で採用を分岐する傾向があ

        • 家事育児の分担を支えるコミュニケーションを支援する

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は「家事分担に関するサービスで思っていること」について書きました。 今回は、その周縁にあるサービスについて触れてみたいと思います。 コミュニケーション支援は「相談」と「話題提供」以前の記事で、おおまかな理解として3つの分類を書きました。  ①家事分担の見える化  ②コミュニケーション支援  ③家事のアウトソース ①については前回触れました。 今

        • 事象と感情を理解することで自分につながる

        • 家事育児の分担を動かすのは外圧?

        • 生活の充たされ度合いを高めうる「家事のアウトソース」

        • 家事育児の分担を支えるコミュニケーションを支援する

          家事分担に関するサービスで重要なのは「負担を増やさず、構造(関係性)を変える」こと

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は、家事に関するサービスについて触れました。 その中で3つほど分類を設定し、そのひとつである「家事分担の見える化」について少し深堀しました。 分担向けサービスの基本機能は「PDCA」あ前回は以下のような内容を書きました。 こうした機能は、さまざまな方に話を伺ってきた中で、課題解決につながる要素になると思います。 少し味気ない表現となりますが、「PD

          家事分担に関するサービスで重要なのは「負担を増やさず、構造(関係性)を変える」こと

          家事分担に関するサービスもいろいろ

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は、「エンパワーメントされる流れを選択する」という話について触れました。 今回は少し経路を横にずらして、家事に関するサービスについて触れてみたいと思います。 すごくおおまかにこんな分類があると理解しています。  ①家事分担の見える化  ②コミュニケーション支援  ③家事のアウトソース 今回は①についてみてみたいと思います。 いろいろなサービスを

          家事分担に関するサービスもいろいろ

          エンパワーメントは「お互いに望んでいないことを選択する構図」から離れることで得られる

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は、「どっちつかずの状態よりも、明確に選択したほうがエンパワーメントされる」という話について触れました。 今回は、エンパワーメントされるかどうかの節目となる典型的な場面について書いてみたいと思います。 お互いに望んでいない流れを選択し合う構造エンパワーメントされるか、そうでない選択をするか。 以前に書いた記事の中で、「洗い物を終えた皿に泡が残っ

          エンパワーメントは「お互いに望んでいないことを選択する構図」から離れることで得られる

          自分に素直になることの難しさは「どっちつかずの誘惑」

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は、湧き上がる抵抗感につながる要素のひとつとして「ワンダウン」があること、そしてそれに対して「降参する」という向き合い方をお伝えしました。それは「自分に素直になるという感覚と近いかもしれない」ということを書きました。 そして、いろんな抵抗が浮かんでくることもよくあるということにも触れました。 今回は、そのあたりについて書いてみたいと思います。 まず

          自分に素直になることの難しさは「どっちつかずの誘惑」

          湧き上がる抵抗に向き合うときは「降参する」

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は認識ズレを扱うときの支えとして「ニュートラルにとらえる」ことをお伝えしました。 ニュートラルにとらえるというのは、言葉はシンプルなものの、実践する際にはハードルがあるもの。 今回はこのあたりについて触れたいと思います。 抵抗の根幹は「なんで自分が・・・」前回お伝えした例(よかれと思って洗い物を引き取ったら「泡が残っている」と指摘された)のような構

          湧き上がる抵抗に向き合うときは「降参する」

          認識ズレを扱うときの支えは「ニュートラルにとらえる」こと

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は認識ズレに伴うモヤモヤの扱い方について書き、 ズレていることの認知と、それに伴う感情をそれぞれ扱うということをおつたえしました。 認知と感情をそれぞれ扱うということについて書きたいと思います。 認知と感情をそれぞれに扱わないとどうなるか「認知と感情は別のものだとわかっている」という方は多いと思います(別の概念であると)。 何が別になっていないかと

          認識ズレを扱うときの支えは「ニュートラルにとらえる」こと

          「期待とのズレ」への囚われを横に置く

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 前回は自分自身の状況について理解を深めていくことについて書きました。 他者と向き合う難しさは「期待とのズレ」他者と向き合うというのは「相手の抱いている(内面にある)ものをありのままに扱う」こと。 自分自身に対してありのままに扱ったことと重なります。 これまた実践するのはとても難しい(と僕は感じています)。 難しさを感じるときに何が起きているのか。自分自身

          「期待とのズレ」への囚われを横に置く

          相手に関わるために、自分自身を理解することから

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 こうやって書き始めてみると、多くの方に読んでもらうということの難しさが身に沁みます。 いや、本当に。 なまじっか最初に反応があると、直後からだんだんと反応が減っていくという感覚になります。 これは「くじけやすくするためのシステム」という構造になっているように思いました。 オンボーディングという点ではうまくいってないパターンなんだと思います。 といったこと

          相手に関わるために、自分自身を理解することから

          自分が投稿した記事がどれくらい読んでもらえているのか。 実際に記事を書くようになると、想像していたよりも気になるものだなぁと体感中。 いまはスキとかリアクションしてもらえたときに実感がわくという感じ。 (閲覧数がわからないので、リアクションでしかわからず・・・)

          自分が投稿した記事がどれくらい読んでもらえているのか。 実際に記事を書くようになると、想像していたよりも気になるものだなぁと体感中。 いまはスキとかリアクションしてもらえたときに実感がわくという感じ。 (閲覧数がわからないので、リアクションでしかわからず・・・)

          家事分担におけるコミュニケーションは感謝と共感

          このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 コミュニケーションは「負担の理解を感じるかどうか」前回の終わりに以下のように書きました。 ”実際は家庭ごとに千差万別なのですが、あえて共通要素をあげると  「コミュニケーションをとっている」 となります。 これだとすごく当たり前すぎるので、次回はもう少し特徴的なことをあげてみたいとおもいます。 (その分、共通性は落ちるかもしれませんが、普遍的・汎用的な度合

          家事分担におけるコミュニケーションは感謝と共感

          バージョンアップは「家事に対する負担の捉え方」

          家事育児の負担構造は残り続けている このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。 資料をいろいろ読み始めたとき、最初に驚いたのが  「15年以上も問題構造(課題認識)のまま継続している」 ということでした。 https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/ikuji_kaigo_shiryou/dl/ikuji_kaigo_01_002.pdf ”特に第2子以降 :

          バージョンアップは「家事に対する負担の捉え方」

          家事における公平感・納得感を満たしたい

          もともとは子育てについて考えていたこの数か月、子育て関連についていろいろと調べたり、話を聴いたり、考えを巡らせたりしていました。 そして、さまざまな課題があるということも、あらためて理解しました。 そうした中で、全体として感じたことは、こんな感じです。 ハードから取り組むことが不可欠(国や自治体や企業それぞれ制度や仕組みからの対応) ソフトから取り組めることは対処療法的(制度や仕組みが連動しないと、揺り戻しが続く構造になる)というものでした。 もともとはソフトでど

          家事における公平感・納得感を満たしたい