事象と感情を理解することで自分につながる
このnoteでは、子育てや家事について調べたり話を聴いたりしていく中で、僕が理解したことを少しずつ書き留めています。
前回の記事では、あらためて「家事育児の分担」に関して、僕が理解してきた外観(構造)をまとめてみました。
今回は少し趣向を変えて、「事象と感情を記録する」という発想に至った背景を書き留めてみたいと思います。
きっかけは「お気に入り商品のリニューアル」
先日、よくいくカフェにいったときのこと。お気に入りだった商品(パン)がなくなっていました。ラインナップがリニューアルされていたのです。
「あれを食べよう」と思っていったところだったので、面喰いました。
しかも、値段があがっている(数割くらい)。
そのとき、けっこうメンタル的にへこんでいて、その気分転換も兼ねていました。なので、ショックもその分だけ増しました。
食べたかったパンの後継商品を手に取り、席につきました。
値段があがった分、品質もあがっている感じはあります。昨今の値上げ状況もあったので、やむなしという理解も湧きます。
しかし、食べたかったものが食べられないことのがっかり感や、ふとした寂しさも湧いていました。
そんなことを思っていながら、なんとなしにテーブルに置かれているパンとコーヒーを写真に撮りました。
そして、ふとこんなことが思い浮かびました。
「あ、なんか、この感覚を残しておきたいな」と。
感情が揺れ動いた「ふとした体験」を残したい
お気に入りだったパンがなくなったということは、生活からしてみれば「些細な出来事」にすぎません。
実際、こうして日記を書いている今に至るまで、特に支障も起きてないです。
なんだったら、後継商品もけっこうお気に入りになってきました。
そういう感覚って、わりと簡単に薄れていったり、記憶から外れていったりしやすい。
それって、もったいない感じがしました。
ちょっとしたことで、心が揺れ動いたことって、自分がどんなことに関心があるのかを理解することに役立つと思ったんです。
今回は、気持ちがダウンしていたタイミングだったこともあり、そうした感情の揺れ動きが小さく、少なくなっていました。
そんなときだったこともあり、揺れ動きを感じられたこと自体に、とても大切な感じが湧きました。
「場面」と「感情」がわかると、内省につなげられる
写真を撮ったとき、こんな風に思いました。
「この場面で湧いた感情を、セットで残しておきたい」
そして、こんなことも思いました。
“感情はひとつではなくて、いろいろ混ざっている。その「いろいろ」を残したい”
そこから浮かんだのは
・いろんな感情を選択肢から、複数選んで写真に張り付ける(紐づける)
・ひとつひとつの感情について、その強さや色合いを表現して残せる
ということでした。
これをできるだけ簡単に、かつ心地よくできるUIがあるといい。
僕が思い浮かべたのは、タップやスワイプの操作と、操作の時間・強さ・速さによる表現でした。
記録を「コラージュ」のようにまとめることで自己理解を促す
記録するだけだと、見直すことに負担があったり、そもそも見返す機会を持ちづらい感覚もあります。
実際、気持ちがダウンしているときは、そうした負担を避けたくなりやすい(本当は、振り返った方がよいとわかっていても(。
なので、見返すことを支援する機能があるといいと思いました。
・記録された場面と気持ちをもとに、時系列と感情をもとに分類&ダイジェスト
・ピンチイン・アウトで、粒度を調整しながら見られる
そのときの気分や、本人の志向に応じて、どういう内容をピックアップするか、傾向を調整できるようにすることもイメージしていました。
自分にとって嬉しさや楽しさを感じたものに寄せたり、ニュートラルに(実際の様子や配分に近い)ものにしたり。
日記のように並んでいるだけだったり、グラフ等で分析的に示されるのもよいと思うのですが、
「コラージュ」のように並べられていると、そのときの心情の移ろいを追体験しやすいように思っています。
今回は、前回のnoteに書いたアイデアについて、思い浮かんだときの背景について触れてみました。
家事育児の分担とはまったく別のところからきているので、番外編的なイメージです苦笑
と思いつつ、この内容は「家事育児の分担に向けたキッカケにつながる可能性があるのでは?」ということも浮かびました。
そんなところから、いろいろと考えていたりします。
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