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「演劇」をガッツリ訓練してきた役者が2.5次元舞台に参画することの意味【前編】

2.5次元系の話はnoteだと滅茶苦茶リアクション薄いんですけどね。書きますよ、書きますよー。とはいっても今回は特定の公演・作品や役者そのものについての話ではなく、「ガチでトレーニングしてきた俳優が2.5次元に参画することの意味と効果」の話をします。ちょっぴり真面目な話、販促と演劇の間に居る私の思考。

本日は前編。

現場を経験したから思うこと。

今回のノートはかつて投稿したこの投稿がベースになっています。んまあ、これ、全期間でのビューが156っていうどうにもならない感じの存在なんですけどね。ともかく。

私、かつては2.5次元舞台の裏方で現場についていた経験があります。2.5が定着する前の時代だったから、作る側もシビアというかストイックというか、それこそ死にもの狂いみたいなところがあった。(当時の上司に散々罵倒されても食いしばって乗り越えていた、褒められたことじゃないけど。)そんな経験もしているので「とりあえずキャラっぽい感じでイケメン出しとけばそれなりに形になるでしょ?」っていう舞台が嫌いです。

チケット完売&物販もバンバン売れるという舞台が多いというのであればいいのですけどね。それってやっぱり一握りのこと。

脚本・演出・音楽がよかろうが、キャスティングがよかろうが、役者がよかろうが、技術部門がよかろうが、集客という意味でよかろうが「ひとつの公演」というパッケージで考えた時に観ていない友人へ「この作品よかったよ・おもしろかったよ」とは言えても「観なかったのがもったいない!」とまでは言えないというか。これ続けていったら良くなるかもと思っても、企画制作者側に続けてゆくだけの体力があるかどうかという問題もあるし……難しいね。

あと、これは大手にも中小規模にも言えることだけど、役者の消費が早すぎな。人っていうのは財産です、もっと大切にしてください。いやマジで思うわこれ。

乱立する2.5次元、いま必要なのは質の底上げ。

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