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ハードボイルド書店員が選ぶ「国民的作家」の代表作
「馬場? 猪木?」
子どもの頃、プロレスが好きだと話すたびに、大人から高確率で訊かれました。
これはジャイアント馬場さんとアントニオ猪木さんが「プロレス」というジャンルを代表する、いわば象徴であることを物語っています。そしてこういう存在に対し、我々はしばしば「国民的」なる呼称を当てはめる。
プロ野球なら王、長嶋。プロレスなら馬場、猪木。誰もが名前と職業を知っています。ジャンルに関心がなくても。全盛期をリアルタイムで見ていなくても。
ある意味で「国民的」はタイムレスで揺るがぬ評価だと考えています。
ならば「国民的作家」は誰か?
司馬遼太郎? 村上春樹? 三島由紀夫や川端康成を挙げる人もいらっしゃるでしょう。
私は夏目漱石だと思っています。
多くの人が十代前半で「坊っちゃん」を知り、教科書で「こころ」に触れる。それらと前後して「吾輩は猫である」や「草枕」にもトライするかもしれない。
紙幣の肖像を務めたことも大きいです。少なくとも「漱石って誰?」という人はまずいない気がします。
かつては彼が千円札に選ばれ、現在は樋口一葉が五千円札に用いられています。しかし来年7月から改刷されるお札に作家の顔は使われない。この事実からも、逆説的に漱石の認知度の高さを感じました。
ではそんな彼の代表作は?
知名度と実際に読まれた頻度では「坊っちゃん」と「こころ」が頭ひとつ抜けている印象です。友人の妻との恋を描いた「それから」や家族間のモヤモヤを言語化した「道草」も忘れ難い。
漱石文学の特徴といえば、ニヤリを喚起する諧謔、豊かで幅広い教養、時代の先を見抜く辛辣な視点、牧歌的な日本への愛惜、さらには淡い恋と内に秘めた嫉妬など。これらを最もバランスよく備えているのは↓かもしれません。
書かれたのは1908年。日露戦争と第一次世界大戦の間です。
九州から上京した大学生・小川三四郎と様々な人たちの交流が素朴な文体で綴られています。彼の語る将来への希望や不安、そして恋愛要素に重きを置けば青春小説として読めます。明治維新で産声を上げた当時の政府を青春期と捉え、それを擬人化したのが彼だという見方もできるでしょう。
都会で目にする新鮮な諸々に刺激される三四郎。そんな彼を「日露戦争に勝って一等国になっても駄目ですね」「亡びるね」「囚われちゃ駄目だ」と諭す広田先生は、日本の急激な欧米化を「皮相上滑りの開化」と揶揄した漱石自身に重なります。
世話好きでよく喋り、行動派だけどどこか抜けている与次郎には漱石のユーモアセンスが投影されているはず。こういう学生、私の友人にもいました。きっといまもいるでしょう。
世の中を傍観し、地下室に籠って好きな研究に没頭する野々宮も重要なキャラクターです。日々をマイペースに謳歌していると映る彼が、しかし意外な形で人生から逆襲される。これも漱石の抱く理想と現実の相克が反映されていると感じました。次作「それから」は三四郎ではなく彼と美禰子の「それから」であり、煩わしい俗世との折衝を放棄した報いに向き合う物語だと。
老若男女誰もが各々の視点で読み解ける「国民的作家」の代表作をぜひ。
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