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(2)在宅ストレンジロードムービー『今日からは一味二味違う』
どうも寝付けない午前1時、居間にてスナック菓子片手にシリーズの映画を楽しむ姉と出会う。沈んだソファと大欠伸、寛ぎの極みはまるでトドのようだ。
幻想を抱くなどとんでもない、嫌という程、思い知らされる。
「やっぱ何度観ても面白いや。私もファンタジーの世界に住みたいな。」
「ここ出て行くなら来月分の家賃払ってね。」
「ヤダ。あの服かわいい。」
軽く遇らわれ、溜息を吐いて床に腰を下ろした。
台詞まで覚えている作品だが、久しぶりに鑑賞すれば僕も夢中になる。
なんだかんだで変な日常を送り、彼女は近所に元夫が住んだままの実家には戻ろうとしなかった。
あれは、三が日のことだろうか。
こちらが仕事の都合で帰省出来ず仕方なく両親に電話を掛けるとやけに感謝され、さておき、可哀想にね、との言葉が違和感を与える。
確かに姉は傷を抱えており、最初は泣いてばかりだった。けれども転職して、時が経つにつれ、立ち直っていく。
それにまだ20代、そうでなくとも再出発は可能だ。
〈バツが付いた〉からとて終わる訳ではない、始まる。僕との生活は彼女がいずれ壁を乗り越えるまでの寄り道であって、テレビの画面に映るものと同じ、長い旅の途中と考えを巡らせるうちに当人はすやすや眠った。
翌週、休みとはいえ決まった時間に起きてしまう僕は天気予報を調べ、〈初心者向けのハイキングコース〉に行こうと計画を立てる。
身支度を整え自室から出て、所在無げな姉に声を掛けた。
「小夜もついて来る?」
「うん、ありがとう。ちょっと待ってて。」
素っぴんに眼鏡でシンプルな服装は見慣れたが洗顔すらせずショルダーバッグのみ持って車に乗り込んだ、だらしなさには呆れる。
兎に角、山沿いを目指していざ出発。
かつて彼女の携帯音楽プレイヤーを譲り受けた僕が好むアーティストは不変で、姉は嬉しそうに懐かしみ、偶然〈海へ向かう〉曲が流れ、揃って笑い転げる。普段より話に花が咲き、春景を眺めて心地よい日差しと爽やかな風を感じた。
「まこちゃん、お父さんお母さんから私の、聞いてる?」
混み合う駐車場に到着すると問い掛けられる。姉の緊張した面持ちに、重苦しい空気が漂った。僕は状況を察し、優しく答える。
「別に。でも何となく、避けた方がいいかな、いつか吐き出すかもって。」
少しの間、強烈な洋楽だけが響き、(歌詞の意味は理解し難い)彼女の呟いたことは掻き消された。
しかし頭のスイッチを切り替えたらしく、入り口からはつらつと歩を進める。
在宅勤務によって運動不足な筈が、有り余る体力に置いて行かれるも、構わずのんびりバードウォッチングしながら殆どなだらかな自然を満喫して、似ていない姉弟だと改めて思った。
幾人もに追い抜かれ、ふと気付けばはぐれてしまい、休憩所で老夫婦と雑談する姉を見つける。
「遅ーい、先にお昼食べちゃった。ていうか後ろの景色めちゃくちゃ綺麗、この街は私のもの!」
「はいはい。写真撮っときなよ。」
遠足の小学生かの如くはしゃぎ、スマートフォンに気を取られて案の定、転びかけた。
危なっかしくて落ち着けない上に弁当のおにぎり(たらこ)を奪われる。好き放題だが、眺望絶佳に胸を打たれ、存分にリフレッシュ出来ただろう。
合流以降は歩調を緩めてぽつぽつと語った。
これを機に生まれ変わる、と秘められた過去が明かされ、一呼吸置き、結婚生活に触れる。
「みんなに気を遣わせてホントごめんね。上手くいってたんだけどお互い、家で過ごす羽目になったら喧嘩だらけ。ヤニ切れ?知らんがな。まあ、よくある話。もう限界だからリセットしたくてあん時、助け求めたの。色々やられたし、初めはあっちが全部悪いと思い込んでた。そのうち自分の至らなさとか反省してさ、結局もっと冷静に話し合うべきだった、で、済んだこと。ただ、離れても煙草の臭いが鼻にこびり付いて、香水なきゃ生きていけない。つまり、忘れずにいるよ。出会わなければ良かったなんて言うもんか、だって馬鹿みたいでしょ。他で頑張ろ。」
フルーティーフローラルの香りを纏う彼女には既に悲愴感がなく淡々としており、辿り着いた先で待つ究極の美しさに涙を堪える姿を、僕はカメラに収めた。また記憶に残り、今後も増えていく。
学生時代、過度ないじりを受けて苦しめられ、親ではなく姉に打ち明けると全力で庇ってくれた。挫折を味わう毎に寄り添い、手を差し伸べる。
理由を尋ねれば自然にこう言った。
「うーん。まこと私の悩み、いっつも同じような感じなんだよね。分かる。」
〈自分以外を愛せない〉?まさか。
面倒見のよく年下に好かれやすい、あなたの存在に何回も助けられ、だからこそ僕は味方、と振り返ったところ、彼女がついに足を滑らせる。
親切な周囲の者と共に慌てて駆け付け、起こして散らばった鞄の中身を拾い集めた。幸いにもあまり怪我はなく、早めに散策を終えてエンジンを掛ける。姉は必死に探し物をしていた。
「小夜?」
「うわ、どうしよ。さっきので指輪落としたっぽい。」
「は、返すんじゃなくて未だに持ち歩いてたの?」
およそ2年、度肝を抜かれる。
「婚約の方は売った。ああ、安いヤツで捨てるつもりが。」
「どっかの物語か。清算!」
途端に顔付きを変え、晴れやかに笑う姉の呪縛が解けた。引き摺らず前へ進む為に。
「もし実写化されたら、のキャスト予想しとこ。」
「勝手にしろ。」
僕らは毎日、知らぬ間に人生という名の旅行記を綴る。
紆余曲折を経て、どうか大団円を迎えますように。
★幸せとは?小さな青い相棒でキーワード検索した結果、余計に分からなくなって、何とも形容し難いものを書こうと。ボツにするか迷いました。
全2話で在宅→外出しています。変化。