新井 三文
1000文字以内で綴っている小説のマガジンになります。 短い話の中で繰り広げられる無限の世界であなたをお待ちしております。 無断転載等は禁止です。
結婚を前提に同棲していた彼女とケンカした。ケンカした理由は俺のタバコが原因だ。彼女と付き合う時に禁煙すると約束していたのに、隠れて吸っていたことがまたバレてしまったのだ。 すべての責任は俺にある。そんなことは百も承知だ。それでも、日頃からタバコを吸えないことへのストレスが溜まっていたせいで、その時の俺は彼女にきつく当たってしまった。 「たまには吸わせてくれたっていいだろ! こっちはずっと我慢してるんだ!」 「何よそれ。私、あなたが禁煙するって言うから付き
その日、どちらが先に漫画家になれるかという話で友人と言い合いになった。 「当然、俺だね。悪いけど君の絵じゃ漫画家になんてなれないよ」 「たしかに僕の描く絵は君のより下手だ。それは認めるよ。でも僕は毎日漫画を描いてる。だから僕の方が先に漫画家になれる」 「毎日描いてても絵が下手じゃ漫画家にはなれないよ。ま、とにかくこの話は俺ってことで決定だな」 「やってみなきゃわからないだろ」 「じゃあ勝負するか。負けた方は焼肉おごりな」 「よし、受けて立とう」 そうして、先
インターネットやSNSが発達したおかげで、お店に行かなくても買い物ができるようになった現代社会。生活で必要なあれこれや趣味のものまで、ちょっと検索すればすぐに見つかる。そしてたった数回マウスをポチっとすれば、購入することができる。とても便利な世の中だ。ただその反面、収集癖のある僕にとっては、毎日が物欲との戦いだ。 現に今も僕は物欲と戦っている。画面に表示された新作のアニメグッズをポチろうかどうかで、かれこれ一時間は悩んでいる。その商品はフィギュアほど高価ではないが、かと
私のカレンダーにはたくさんの予定が書かれている。映画、ランチ、デート。それにゴミ出しや掃除みたいな細かい予定も書いてある。どんな予定でも全部書き込むのが私の流儀だ。 どうしてこんなに細かく書くのかというと、それはもう人生を楽しみたいからとしか言いようがない。小学生の時の遠足前夜みたいな、あのワクワク感を私はずっと味わっていたいのだ。だから小さな予定も大きな予定も、とにかくカレンダーに書き込んで毎日のワクワクが止まらないようにしている。 そしてその日の予定が全部終わっ
何でもいいから創作活動をしたいと思った俺は、半年前から小説を書くようになった。本当は漫画を描きたかったが、少し描いてみて自分には絵心がないと思い、早々に見切った。今流行り動画クリエーターも魅力的だったが、撮影機材や何やらそろえるのに何十万もかかると知り、これも諦めた。結果、パソコンの中にすでにインストールされている文章制作ソフトを見つけ、小説を書こうと決めた。 本も読んでこなかったのに小説なんて書けるのかと、はじめは不安だった。実際、原稿用紙10枚程度の短い話を書くのに
彼氏と付き合って三年、同棲して一年が経った。なんだかんだケンカをせずにここまできたが、今朝、初めてケンカをした。ケンカした理由は、すごくくだらないことだった。 「この目玉焼き……黄身が真ん中じゃない」 多分、彼にとっては何気ない一言だったと思う。もしかしたら私と会話をするための掴みだったかもしれない。でもその時の私は度重なる仕事でのストレスで、心の器が表面張力を張るぐらい限界だった。だから彼の何気ない一言でも零れてしまった。 「黄身が真ん中じゃないなら何なのよ! そ
ある日、いつものように通勤電車に乗っていると、少し離れた所に私の顔そっくりの女性を見かけた。最初はただ似た顔の人と偶然出会っただけかと思っていた。でも見れば見るだけ、その人は自分そっくりの顔をしていた。それは似ているとか似ていないとかの次元をはるかに超えていて、鏡に写った私をそのまま鏡の世界から持ってきたかのような、まさにドッペルゲンガーだった。 生きていれば自分に似た顔の人と出会うこともあると必死で言い聞かせながら、気味の悪さに震えながら、私はそれからの毎日を過ごすこ
「さっきから一人だけど、どうしたの? もし相手がいないなら俺と話さない?」 一人で呑んでいると必ず現れるような男に、私はいい加減うんざりし始めた。もっと女性を口説くためのロマンチックな謳い文句があるだろうと説教したくなる。 「ごめんなさい。私、あなたみたいな男には興味ないの」 「なっ!」 「お互いに時間の無駄だから、さっさと消えて」 ムッとした表情を男が向けてきたが、私は気にせずその場を立ち去った。 立食形式の婚活パーティーに参加するのはこれで五回目だ。結婚
好きな人が出来た。相手は同じクラスの田中くんだ。好きになった理由は、彼の字がすごく綺麗だったからだ。 でも告白する勇気が私にはない。好きって言うのが恥ずかしくて、もし目の前で言おうものなら言い終わる前に失神する自信すらある。だけどこの気持ちを知ってほしくて仕方がないので、何かいい方法はないかと思案した私は、アナログだけど、恋文を書くことにした。 SNSの発達した時代に恋文なんていかがなものか、と考えないわけではなかった。田中くんの連絡先は知っているし、しようと思えば
コンビニに寄り、店員に裏でコスプレ野郎と笑われながら、夕飯を買った。正直、もう色々と限界が近い。日々の仕事のストレスと大気成分のせいで脱ぎたくても脱げないヒーロースーツに、俺は押しつぶされる寸前だ。 今日もヒーローショーが終わると、悪魔大王の子分が「大王様が呼んでいます」と言いに来た。憂鬱になりながら悪魔大王の楽屋に入ると、安そうなパイプ椅子にさも偉そうに座った悪魔大王がさっそく説教をかましてきた。 「あのさあ、クノウくん。この前必殺技の光線が眩しいって、私言いました
「「我々にも権利を!」」 「「差別をするな!」」 デモ行進が始まって今日で一週間がたった。初日からまあまあな規模の数だったが、日々拡大を続け、今日にいたっては遂に一万を超えた。 俺は先頭から少し後ろで群に混ざり、他の仲間達と一緒に行進をしている。参加したのは三日前からだ。このデモに参加したきっかけは、このデモのせいで俺が仕事を失ったからだ。 デモがなければ仕事はなくならなかったと考えることはしなかった。このデモがあってもなくても、どのみち俺は仕事を失っている。だ
シゴトが終わった。今日が初めてのシゴトだった。正直に言って気分が悪い。頭で理解していた内容と、実際の内容との差が激し過ぎて、少しナイーブにすらなっている。港の端からみる東京湾の暗い海が、まるで今の心境だ。 煙草の箱を取り出してはポケットにしまう行為を何度も繰り返し、それと同時に手遊びでライターの蓋を無意識に開け閉めしてしまう。いくら心を落ち着かせようとしても、どうにも落ち着かない。 「おい、いつまでたそがれてんだ。もう行くぞ」 「あ、兄貴……」 話しかけてきたの
肩を落としながら去って行く後輩の背中を見ながら、俺は自己嫌悪に浸った。もう少し優しい言い方はできなかったのかと、今更になって後悔する。アイツはただわからないところを質問してきただけなのに、俺はそれを邪険に扱ってしまった。 「なぜですか? なぜこういう手順になっているのですか?」 聞こえない筈の後輩の声が俺の耳の中でこだました。そんなの俺だってわからない。でもわからなくても、今までやってこられた。教えてもらった手順を踏めば、まず間違うことはない。どうしてその
すべてを器用貧乏にこなしてしまう私は、料理にしてもスポーツにしても、最初からなんだかんだ出来てしまう。けど短い時間で人よりも結果を出してしまうので、どうしても飽きてしまい、一つのことを長く続けることが出来ない。それゆえに部活動や学校生活で大成することが出来なくて、高校生にもなったのに、未だにやりたいことが見つからない。だから先週配られた早すぎる進路希望用紙は、未だに白紙のままだ。 先生からは「何かやりたいことはないのか?」としきりに訊かれる。でも本当になにも思い浮かばな
食費や交友費が積み重なり、全財産が財布の中にある一万円札だけになった。次の給料日までは残り二週間もある。今日から贅沢を禁止して支出を抑えなければならない。 だが節制一日目となる月曜日からシャンプーが切れていたので、仕方なく買う羽目になった。レジに入れた一万円札が千円札九枚と細かな小銭になって返ってくる。そのお釣りを財布にしまう時、一万円札だけの時よりもたくさんのお札が入っているのを見て、確実に所持金は減っているのに、まだお金があると錯覚してしまい、なぜか心に余裕が出てき
「佐藤くん。この前お願いしたプロジェクトの件はどうだい?」 「そのことなんですが、あまり大声では言えないんですけど……ちょっと役不足で――」 「そうか……。なら佐藤くんには外れてもらおう。時間もないしね。それと、こういう時は役不足という言葉ではなく、力不足という言葉の方が適切だよ」 「えっ、ああ……はい。すみません」 気抜けした顔で返事をする部下に、私はため息をつきたくなった。最近の若者は、という言葉はあまり使いたくないが、日本語の正しい意味を理解していない者が多す