【ショートショート】後輩からの質問
肩を落としながら去って行く後輩の背中を見ながら、俺は自己嫌悪に浸った。もう少し優しい言い方はできなかったのかと、今更になって後悔する。アイツはただわからないところを質問してきただけなのに、俺はそれを邪険に扱ってしまった。
「なぜですか? なぜこういう手順になっているのですか?」
聞こえない筈の後輩の声が俺の耳の中でこだました。そんなの俺だってわからない。でもわからなくても、今までやってこられた。教えてもらった手順を踏めば、まず間違うことはない。どうしてその手順を踏まなければいけないのかという意味なんて、知る必要もない。
そもそも俺達は下っ端だ。仕事をする目的も自分の生活のためだ。作業の意味なんて、考える方が馬鹿だ。そんなものは上に考えさせればいい。俺達はただ指示通りに動いてさえいればいいんだ。それなのに、どうして後輩に質問された内容のことを考えてしまうのだろうか。
確かに俺も新人の頃、後輩と同じことを思っていた。この手順が持つ意味がいったい何なのか。どうしてこの手順でやらなければいけないのか。どうして前後の手順を入れ替えてはいけないのか。でも深く考えることはしなかった。教えられた手順を素直に聞き、何も考えずにやった方が楽だからだ。
でも考えれば考えるだけ気持ち悪くなってきた。モヤモヤにイライラを掛けた気分が俺の心を支配してくる。溶けたアスファルトのような粘性の高い塊に纏わりつかれて、取ろうと思っても取れない。
仕方がないので、俺は椅子から立ち上がり資料室に向かった。どうしてこんなことをしているんだと自分でも不思議に思った。でも、この気持ちを払拭するためにはこうするしかないのだ。
翌日、夜通し資料を読み漁って調べた結果を後輩に渡した。
「ほら、昨日の質問の答えだ。どうしてこの手順を踏まなきゃいけないのか、ここに理由が書いてある」
「ああ、なるほど。そういうことだったんですね」
「お前はこれを入れ替えたいみたいだが、それをすると大きな事故の原因になるんだ。だからこの手順を守らないといけないってことだ。これでいいか?」
「はい、ありがとうございます!」
「礼なんていらねえよ。それと、昨日は少しきつく言いすぎちまった。すまねえな」
俺は一言だけ謝罪すると、すぐに踵を返して、にやけそうになる顔にくすぐったさを感じながら自分の机まで戻った。
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