見出し画像

【ショートショート】財布の中には【34日目】

 食費や交友費が積み重なり、全財産が財布の中にある一万円札だけになった。次の給料日までは残り二週間もある。今日から贅沢を禁止して支出を抑えなければならない。

 だが節制一日目となる月曜日からシャンプーが切れていたので、仕方なく買う羽目になった。レジに入れた一万円札が千円札九枚と細かな小銭になって返ってくる。そのお釣りを財布にしまう時、一万円札だけの時よりもたくさんのお札が入っているのを見て、確実に所持金は減っているのに、まだお金があると錯覚してしまい、なぜか心に余裕が出てきてしまった。

 火曜日。この日は遅刻ギリギリの時間に起きてしまった。小さいころから朝食を食べないと本来の力を発揮できないので、仕方なく朝食をコンビニのパン二個とコーヒーでしのぐことにした。幸い、まだ財布の中にはお札がたくさんある。ちょっと腹を満たすぐらいの贅沢は大丈夫だろう。

 水曜日と木曜日は特に問題なく過ごせたが、金曜日でだいぶお金を使ってしまうことになった。

「おい加藤! 今日呑みに行くぞ」

「いやあ……今日は」

「何だ、金ねえのか? 大丈夫だ。安いところに連れてってやるよ」

「あ、あははは……」

 上司や先輩からの誘いを断れるはずもなく、俺は居酒屋に連れていかれた。どうにか二次会だけは回避できたが、それでも呑み代だけで七千円も使ってしまった。

 まさかこの一週間で九千円も使うとは思ってもいなかった。明日から土曜日なので二日はしのげるが、来週の月曜日からの生活は皆目見当もつかない。

 財布の中にたくさんあったお札も、もはや千円札一枚だけだ。きっと盗まれたに違いないと思い記憶をたどってみるが、いくらたどったところでお金の用途を全て思い出してしまい、もはや絶望しか残らなかった。

 もっと節約すればよかったと今更後悔した。目の前にぶら下がった快楽を我慢することがどうしても出来ない。結局、金の余裕が心の余裕だと今月も身をもって学ぶことになってしまった。

「ああ……何で俺には金がねえんだ」

 そうつぶやきながら、俺はもう一度財布の中を確認した。確認したところで財布の中身が増えることはないとわかっていたが、それでも確認した。そして夢と希望と地獄を見せてくれるクレジットカードを見つけた。

 俺はすぐにカレンダーを見た。先月分の支払日が昨日だったことを思い出した。

「使える……!」

 俺の心に、また余裕が出来た。



最後までお読みいただきありがとうございます。
少しでも気に入っていただけたらスキフォローコメントをよろしくお願いします。

こちらのマガジンに過去の1000文字小説をまとめております。
是非お読みください。


いいなと思ったら応援しよう!