見出し画像

【ショートショート】役不足【33日目】

「佐藤くん。この前お願いしたプロジェクトの件はどうだい?」

「そのことなんですが、あまり大声では言えないんですけど……ちょっと役不足で――」

「そうか……。なら佐藤くんには外れてもらおう。時間もないしね。それと、こういう時は役不足という言葉ではなく、力不足という言葉の方が適切だよ」

「えっ、ああ……はい。すみません」

 気抜けした顔で返事をする部下に、私はため息をつきたくなった。最近の若者は、という言葉はあまり使いたくないが、日本語の正しい意味を理解していない者が多すぎる。力不足を役不足と言ったり、何も決定していないのに煮詰まっていると言ったり、本当に大学を出ているのかと疑いたくなるレベルだ。

 それにしても、最近は自分の仕事に対して役不足な人が多くなった気がする。皆、自分の能力を低く見過ぎていて、責任のない仕事しかやりたがらない。特に先ほど注意した佐藤は、いい大学を出て仕事の能力も高く、会社としても将来の幹部候補として期待を込めているのに、それでも役不足の仕事で満足している始末だ。

 今回与えた仕事も、彼なら充分やってくれると思って出した仕事だ。時代と言えば仕方がない気もするが、心のどこかで「それでは上にいけないぞ」と檄を飛ばしたい自分がいる。

 ただ、部下の仕事を管理するのが上司の仕事だ。オーバーワークしていると言われれば他の人に仕事を回さなければならない。それが自分で振った仕事ならなおさらだ。

 そんなことを思っていると、オフィスに社長が現れて、あろうことか自分に話しかけてきた。

「やあ、田中くん。今日も張り切ってやっているね」

「これは社長。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

「いやいや、気にすることはない。社長の椅子に座っているのが退屈でね、こうやって呑気に会社を散歩しているだけだから。それよりもどうだね。しっかりと仕事はやれているかね」

「はい。むしろ役不足なぐらいです」

「そうか……役不足か。君ならやってくれると思っていたが。そこまで追い込まれていたとは。いや、すまない」

「えっ社長……?」

 意味深な表情を浮かべたまま、社長がオフィスを出て行った。私は何か失礼なことを言ってしまったのかと不安になった。

 翌日、時季外れの辞令が社内広報に乗った。そこには私の名前が載っていて、今日付けで平社員への降格と書かれていた。そして私が付いていた職に、なんとあの佐藤が選ばれていた。



最後までお読みいただきありがとうございます。
少しでも気に入っていただけたらスキフォローコメントをよろしくお願いします。

こちらのマガジンに過去の1000文字小説をまとめております。
是非お読みください。


いいなと思ったら応援しよう!