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【ショートショート】狐の嫁入り


 
 
 
 結婚を前提に同棲していた彼女とケンカした。ケンカした理由は俺のタバコが原因だ。彼女と付き合う時に禁煙すると約束していたのに、隠れて吸っていたことがまたバレてしまったのだ。

 すべての責任は俺にある。そんなことは百も承知だ。それでも、日頃からタバコを吸えないことへのストレスが溜まっていたせいで、その時の俺は彼女にきつく当たってしまった。

「たまには吸わせてくれたっていいだろ! こっちはずっと我慢してるんだ!」

「何よそれ。私、あなたが禁煙するって言うから付き合ったんだよ」

「禁煙するなら付き合うってお前が言うからだろ!」

「私のせいだって言うの!?」

「ああもう、うるせえな! タバコぐらい好きに吸わせろよ!」

「じゃあ、もういい。好きなだけ吸えば。その代わり、私、出て行くから!」

「ちょっ、何だよそれ。おい、待てよ!」

 制止を振り切って彼女は家を出て行った。

 苛立ちを隠せない俺は、その日、同棲していた部屋で初めてタバコを吸った。でも吸い終わって気分が落ち着くと、ものすごく大きな後悔が襲ってきた。取り返しのつかないことを俺はしてしまったんじゃないかと心配にもなった。そして、彼女が帰ってきたら絶対に謝ろうと誓った。

 少ししたら帰ってくるだろうと、その時は思っていた。それなのに一時間たっても二時間たっても、日付をまたいでも、彼女は帰って来なかった。ようやく連絡が来たのは、深夜の二時だった。

 今日は嫌になるぐらい空が晴れた。乾燥した空気が程よく冷たくて、太陽の光が眩しく視界に入ってくる。一年に一度あるかないかの絶好の晴天日和だ。それなのに、俺の気分は最悪だ。

 気分を落ち着かせるために外へ出た。あれだけ後悔したはずのタバコをポケットにしまい込んだのは、こんな時にこそ吸うものだからと自分で自分を納得させたからだ。

 野外にある喫煙所でタバコに火をつけると、タイミングよく雨が降ってきた。俺は急いでタバコを消し、屋根のある場所まで戻った。

 頭上には未だに雨を降らせている暗い雲が鎮座している。だけど空一面を覆っているような雲ではなく、本当に俺の周りにだけ雲が広がって雨を降らせていた。まさに狐の嫁入りだ。そしてその雲は、目の前の煙突から出ている紫煙と同じ色をしていて、まるでさっきタバコを吸ったことを叱っているようにも見えた。

 化かされているのかと思って頬をつねってみた。やっぱり痛かった。

 死にたくなるほどの現実が俺を襲ってきた。



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