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【ショートショート】ヒーローのクノウ

 コンビニに寄り、店員に裏でコスプレ野郎と笑われながら、夕飯を買った。正直、もう色々と限界が近い。日々の仕事のストレスと大気成分のせいで脱ぎたくても脱げないヒーロースーツに、俺は押しつぶされる寸前だ。

 今日もヒーローショーが終わると、悪魔大王の子分が「大王様が呼んでいます」と言いに来た。憂鬱になりながら悪魔大王の楽屋に入ると、安そうなパイプ椅子にさも偉そうに座った悪魔大王がさっそく説教をかましてきた。

「あのさあ、クノウくん。この前必殺技の光線が眩しいって、私言いましたよね。あれじゃあ見に来ている子供たちの眼に毒ですよ」

「すみません……」

「すみませんじゃないんですよ。いいですか。我々は確かに敵同士。恨み辛みもあるでしょう。でもこのヒーローショーの全国公演が終わったら、ようやく宇宙船を修理できるだけのお金が溜まるんです。だからそれまでは協力してくれないと」

「はい、善処します」

「善処じゃだめす。やるんです。やらなきゃダメなんです。それに最後の台詞、トドメなんて言葉を使ってはいけません。コンプラ違反ですよ!」

「はい、わかりました」

「それとこれ。色紙とサインペン。多分これからファンが突撃してくるでしょうから持っておきなさい。我々は悪役なので追っ払えばいいですが、あなたはヒーロー。無下に追い返すことはしてはいけません」

「はい、ありがとうございます」

 俺は深々と頭を下げて悪魔大王の楽屋を後にした。

 なぜ正義のヒーローである俺が悪の親玉にまともな説教をされなきゃいけないのか、という疑問は当然あった。でも地方で売れない公演だったのを、悪魔大王の営業で全国公演が決定して、宇宙船が修理できるぐらいお金が稼げているのも事実だ。もっと細かいことを言えば、公演でもらうギャラを均等に配る悪魔大王に「なんで均等なんだよ! もっと悪魔らしくしろよ!」と思ってしまう時すらある。

「もっと悪の親玉らしくしてくれれば、こっちも強く出やすいのになあ……」

 そんな独り言をいっていると、目の前から子供が走って来た。危険を察知した俺は、すぐに子供の元に駆け寄った。

「どうしたんだい! 何か事件が起きたのかい!」

 そういうと、子供は目をキラキラさせながら口を開いた。

「サインくだちゃい!」

 俺は複雑な気持ちになりながら、子供の純真無垢な気持ちに応えるべく、悪魔大王に貰った色紙にサインをした。



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