【ショートショート】キミが中心
彼氏と付き合って三年、同棲して一年が経った。なんだかんだケンカをせずにここまできたが、今朝、初めてケンカをした。ケンカした理由は、すごくくだらないことだった。
「この目玉焼き……黄身が真ん中じゃない」
多分、彼にとっては何気ない一言だったと思う。もしかしたら私と会話をするための掴みだったかもしれない。でもその時の私は度重なる仕事でのストレスで、心の器が表面張力を張るぐらい限界だった。だから彼の何気ない一言でも零れてしまった。
「黄身が真ん中じゃないなら何なのよ! そんなにこの目玉焼きが気に入らないなら自分で作ればいいじゃん!」
「いや、そういうことじゃなくて」
「じゃあ何よ! 見た目が気に入らないっていうの! ああ、そうですか! どうせ私はブスですよ!」
「そんなこと言ってないだろ。俺の話も聞けよ」
「うるさいうるさいうるさい! 誰があんたの話なんか聞くもんですか!」
そういって私は家を出て仕事に向かった。職場につく頃には彼に対する怒りで私の体は燃えたぎっていた。でも仕事をするうちに徐々に冷静になっていき、定時を過ぎた頃には彼に合わせる顔がなくなっていた。どうして彼の言い分を一つも聞かないで怒ったんだろうと、後悔してもしきれない。
それでも私が帰る家は一つしかないので、黒くて重い塊を引きずるように家に帰った。
玄関を開けるとすでに彼は帰っていて、料理を作って待っていた。
「おかえり」
「ただいま……」
「あのさ、今朝はごめん。俺、別に目玉焼きの黄身が真ん中じゃないから気に入らないとか、そういうことを言ったつもりじゃないんだ。ただ、優美に何かあったんじゃないかと思って心配でさ」
「私の心配と黄身が真ん中じゃないのと、何の関係があるのよ」
「なんていうか、黄身がズレている時って君に何かあった時のサインなんだよ。風邪をひく前とか、少し体調がおかしいとか、疲れているとか。だから何かあったのか訊こうとしたんだけど、ついキミが中心じゃないって言ってて……ああ、いや、もちろん俺にとっては優美が中心だよ。さっきのキミは卵の黄身って意味で、決して優美が中心じゃないって意味じゃないよ。俺にとってはいつもキミが中心だからね」
その後も彼はわかるような、わからないような、取ってつけたこじつけのような、とにかくキミが中心だ、ということを延々に言い続けていた。
私は恥ずかしく頬を膨らませながら、彼が話すキミの話をじっくり聞くことにした。
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