シェア
黙って聞いてりゃいけしゃあしゃあと。 いきなり話しかけてきたと思えば突き放すなんてあんたは何様だい、神様かい? その場所が静かってんなら上の世界はどうなってんだい。 教えてあげるさ、私はあんたと違って親切だから。 上の世界はみんなが行きたがるんだよ。 みんながみんな、そこが自分にとって完璧な良い場所だと勘違いしているからね。 自分こそはそこへ行くべき人間だと思い込んで。 人間だけじゃない、動物だって自分はそこへ行くべきだと思ってるさ。だから鳥は空を飛ぶんだろう。 誰
町とも呼べぬ町。 ヒトが軀も心も生きられる最低限だけ揃えたふうな、錆びつき朽ちゆく町に。 たいした幅のない、しかし果ての知れぬ水路を境界線として、森が、たかく、厖大に、そびえている。 午后3時。薄曇の空をはんぶん、夜にしてしまうかのように。 葉の1枚も落ちない常緑樹の森って、こんなにも暗い、黒黒としたものだったろうか。緻密且つダイナミックなちぎり絵のように葉は無数に繁り、膨らみ或いは垂れさがり、気の遠くなる樹齢であろう魁偉な幹たちとともに空間を埋め、周囲迄も影
ホテルへ向かう。 「部屋の鍵を開け放して待っている」 と云う、男のところへ。「○○ボーリング場のすぐ南だから」 公衆電話からの回線によるか当人の資質か、くぐもって如何にも後ろ暗げな声による道案内はそれだけで、スパイでもあるまい、只のどこにでもころがる既婚者だろうに追われるように切れた。 私は《昔アイドルみたいなプロボウラーがいたんだっけ?》とぼんやり思うぐらいでボーリングなんて男みたいに球を片手で持てないし遊ばないから『○○ボーリング場』も知らないし、外は地球がイ
今、主に高校生の間で、爆発的な人気を誇るような気がしないでもないとまことしやかに囁かれているであろう可能性が微粒子レベルで存在するかもしれないカードゲームがある。 その名は、「有意義王コンバットビースツ」。40枚のカードからなるデッキを駆使して戦うというシンプルなシステムであるものの、傍で見るとなぜかまったくわけのわからないカードゲームとなっている。 ここ越美濃町でも有意義王カードは大流行。小さなゲームショップ「鶴のゲーム屋」でも、関連商品は飛ぶように売れていた。 「じ
君は、地獄がどんな場所か説明できるか? 郵便局の隣のお寺さんにある掛け軸みたいなところ? いんや。そんな分かりやすいもんじゃあないよ。 針山地獄、血の池、賽の河原、よく聞くやつね。 いやいや、そんな分かりやすい罰だったらむしろ親切じゃないか。あれは罰を与えるためのものって誰もが分かるからね。 地獄はね、うんと静かなんだよ。 とっても、とっても。 全ての空気が底をつたうんだ。風はぬるい。 奈落の底ってのは空気が冷たそうだろ、いや、ぬるいんだ。 君はな、そこでは何も理解で
爽やかな月代が青々としている。藩内では美少年剣士として名をはせているが、本人は無頓着で気にもしていない。 (秘剣をさずかりたい……) 剣の修行をいくらしても上達したと感じない、強くなるために秘剣が必要だ。道主の一刀斎から伝授するためには、目録を得なくてはいけない。兄弟子達よりは強いつもりだが難しい。 「試合をして勝てばいいだけ」 「遺恨でもあるのか!」 そうつぶやいた時に、さや当たる。見ると大柄な侍が怒りの表情でにらみつけていた。 「これは粗相をいたしました」
木の実と葉をいくつか採取した。 とても興味深い植物だ。 私はこの地球に送り込またばかりだが、徐々にミッションをこなし続けている。 その中に地球の植物を採取すること、特に被子植物の採取だ。 我が母星のアルキオーネ星には被子植物は存在しない。 被子植物とは、地球に存在するどんぐりや穀類など殻や皮で胚珠がくるまれている植物のことだ。 特にどんぐりや栗など、堅い殻にくるむことで乾燥や病原菌から防ぎ、発芽の速度を適切な環境や季節になるまで意図的に遅らせている。 植物であ
目醒めて、わかりました。天から地へひとすじのすきまより僅かな陽のさす、蒲団にくるまれている分にはいつもと何ら変らぬ朝でしたが、私にはわかるのです。主人が隣に眠るのも忘れ、闇をつきやぶるように障子を、建付けのわるい雨戸をひらきました。雲の残り滓もない好天でしたが、その青と澄んだかがやきを繋ぎあうように、木木を田を畠を、離れあった家の屋根屋根を、丘を、純白の雪がつつんでおりました。 私は逸る胸をおさえながら、化粧台の前掛けをはらいくすんだ鏡を見すえ、髪を、着物を、この日だけの
私が3秒、目を離した隙に。 くしゃくしゃに丸まったソレを、翔が飲み込んだ。 「あ、だめ!」 私は叫び、翔の小さな口から、なんとかソレを吐き出させた。 オエッ! 翔が吐き出したのは、美しい虹色の紙だった。本来はもっと美しかっただろうソレは、涎と、さっき食べたバナナが入り混じって、薄黒く汚れていた。 「華!」 私は彼女をすぐさま呼びつけた。 「コレ!華でしょ!?」 華はリビングの隅で、また折り紙を引き裂いていた。さまざまな紙を引き裂き、おもちゃ箱にため込むのが彼女
日記なんてひさかたぶりだから迷走する。私が充分に乙女だったころは名前なんかつけて呼び掛けていた。さほど昔ではない過去に、同じように日記に語り掛けた少女がいたが彼女は殺された。殺したのはヒトラーではない。死刑執行人だなどという寒いことを言うつもりもない。 が、脇道に逸れて忘れる前に、私が日記などという酔興を思いついた経緯を記さねばならない。図書館の書架の間の細い通路にて、何冊目かの書物をぱらぱらやってぱたんと閉じたところ、隣にいた少女がびくりと首を竦めた。予想以上に大きな
「こんな物しか出せなくて、本当に申し訳ない限りですわ」 店主の悔しげな表情が申し訳なさを物語っている。 「一体どうなすった」 気になった客の男が問いかけた。 「本当なら今の時期は、油の乗った秋刀魚や甘く熟した柿なんかをお出しするんですがね、この異常気象でどうにも出来が良くない。良い物はたいそう値が張るんですわ。お兄さん今日最後のお客だから、残りものしか出せなくてね」 話を聞いた男は「なるほど」と、こちらも申し訳なさそうな顔をした。 男は災害を司る神、オオマガツヒノカミだ
月の色はタバコの煙でグレイに揺れている。まるで今の自分の心を見透かされたようでバツが悪く、月から海に目を逸らす。静まり返った真っ黒な海は、波の音だけが煩いぐらいに響き渡り、その静寂にメスを入れる。月のあかりがぼんやりと辺りを照らす中、砂が靴を重くする。 隣には、タバコを燻らせ海を見つめる彼女が座っている。タバコは僕が作った。手巻きタバコを吸ったことがないという彼女のために巻いて作ったのだ。 イギリスでは普通のタバコは高級品でとても買えないため、僕みたいな学生はときどき
※これから創作を始められる方と楽しく共有したい内容です。 ※ときどき、自分の汚い字を世の中に見せびらかしたくなる私の癖を満足させる目的の記事でもあります。 一時期遠ざかっていましたが、最近また毎週ショートショート(以後毎ショ)のお題で書くようになりました。 以前のように〝毎週必ず〟ではないですが、ちょこっと頭の体操をしたい時に書きます。 久々に、410字にぴったり収める努力をしつつ書き上げるショートショートに取り組んでみて、「そういえばこういう書き方で書いていたな
※少し修正しました。 「レモンからーい!」と顔をしかめ、いきなり大きな声で叫ぶ琴音。 琴音が握りしめているくし切りされたレモンを乱暴に奪い取り、「食べちゃダメ!」と、思わず手を上げそうになる。 心底怖いのは、私の中の凶器だ。 琴音は3歳の誕生日を迎えたばかりで、まだ完全にオムツも取れていない。なのにイヤイヤ期に突入したようで、服を着せるのもオムツを履かせるのも「ヤダッーー!自分でするー」と、一事が万事すんなりと済ませることが出来ない。毎日時間に追われ自分の事は二の