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#小説

どろっぷ あ、ぴん

どろっぷ あ、ぴん

等距離に離れ
保たれた惑星は
わかり合えなさを
媒介にして
優しいまなざしで
ほかの天体を見やる

固まった地殻が
あなたの核をまもる
緑色のかんらん岩
凝固したマントルを
内側から溶かして
駆動する

地表に噴出した
1200℃のマグマ
急速に冷えて固まった
だいじなものだけ
揮発した
あとに残った岩石が
わたしを覆う
よろいになった

口に出したこと以外の
ぜんぶがあなた
口に出せたこと以外の

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かなしきタイムトラベラー

かなしきタイムトラベラー

夢のなかでしか 本音がいえない
かなしき タイムトラベラー
じぶんの生を 賭してきた その反動で
どの時代がじぶんのルーツか 忘れてしまった
きのうと きょうと あしたが分断される
裂ける時代をつなぎ合わせ
危機を救ってきた
でも だれの記憶にも残っていない
歴史と歴史のあいだの やみにすいこまれて
それが 美徳とされて
知らないあいだに ひび割れた時空のはざまに
じぶんを殺されてしまった
かなし

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凪があれば

凪があれば

海から内陸部に吹き込んでくる海風が、唐突に止んだ。荒れくるっていた波自身も、じぶんでコントロールできない何かにのみこまれてこれまで無我夢中でからだを揺らして海面をたたいていたが、風がおさまると振動もおさまり、正気を取りもどしたようだった。わたしは長いあいだじっとめをつぶり嵐が通りすぎるのを待った。視覚を遮断することがいちばん大事だ。わたしは暗闇のなかで時間だけをかぞえることに集中する。5秒10秒と

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ぼくはゆうれい

ぼくはゆうれい

ゆうれい船が宵のなかをすすむ。ことばもかなしみも柔らかな雨がつつむ。黒鍵の空染みひとつなくななめにほそい線がはしる。消え入りたいゆうれいたちが夜の街をさまよう。行き場をなくしたゆうれいたち。影がなく奪われたそんざい。ぼくは目を伏せる。光るビルに向けて手を天にかざす。向こうがわが透けている。ぼくもゆうれい。じきに記憶をなくして蒸発する。大事なことを忘れてしまう。やりたいことも忘れてしまう。刹那のじか

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臍帯

臍帯

りあるたいむ逃避行 月面に到着
見えない数字を頼りに 星々を線でつなぐ
時計は宇宙標準時 おもりから離れて
背泳ぎ そのままの浮力に任せてみる
息を吐き 少しだけ 楽になる

からだは地球との臍帯
水と大気の青い光線
丸窓から 無音の生命圏を見おろす
こころは遠い的当て
三十八万キロ離れても
きみのいる地点をさがす

夕暮れどきの宇宙ホタル
船外放出された小便が 氷の結晶となり
太陽の光で きらき

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冬の一角獣

冬の一角獣

駅へ向かう 冬の朝の空気
白い息を吐いて 森の音を聴く
まだ眠っている 小学校の背中が
上下に揺れている
いつか忘れものした 小さく遠い星を想う
あなたのことを 思い出す

夢のなか 白い紙のうえ
ぼくは ほんとうのことを 口に出す
凍ってしまう 世界を凍らせてしまう
雪が溶けるなんて迷信
集積して 芯が残っている
ただ あなたの声が 聴きたい

額の中央 ねじれた角
澄んだ夜にしか現れない いっ

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次の雨を待つ

次の雨を待つ

雨の轟音が
部屋の隅に句読点を置いていく
八月を養分にして
わたしを削っていく

雫は窓を濡らす
乾くと 雨粒が綺麗なものではなかったと
教えてくれる

日々 内と外がせめぎ合う
身体が楽器として響くことを求めてる

外へ 外へ
幼くて どこにも連れていけない新芽が
噴き出すように
前傾に乗り出すように
狭い身体を 追い越していく
しがらみを 振りほどいていく

弾むことと沈むことはヴァイタルだ

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旅と道程

旅と道程

今いる場所から限りなく離れたい、放たれたいと思って行き先も決めず漂った時間は、旅と言えるようなものじゃなかったけれど、わたしの身体に、確かな体温を戻してくれた。

暗い部屋に帰って後ろ手で鍵をかけたとき、ひとりぼっちで抱えていた絶望が、降り積もったあとの雨で体積を増した湿った雪が、充満しているのが視えた。わたしの疲れた顔を見て、わたしの部屋の、わたしのものたちが、おかえり、と言った。電気を灯し、た

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均衡

均衡

ひとが均衡する
立てる位置で
そのひとがぎりぎり
感性を保てる位置で
まったく逆の欲望を
ないまぜにして 
フロートにして

重心が揺らぐ
中身が入れ替わっていく
わたしの中の水が
淀んだ流れを
外に押し出し
わたしの均衡を
じりじりと
追い込んでいく

均衡する群衆は
引金を引いたら 
音よりも速い
空気の破裂に慄き
二度と元の比率では
立てなくなる
不自由な耳や足を押さえながら
新しいバランス

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サブマリン

サブマリン

歩くほどに わたしは若返ってゆく
音楽そのものに
お金を払うようになって
唯一よかったことは
じぶんの胸に深く潜るようになったことだ
わたしを守り 奪い 保ち
焚き付けた音を
撃ち抜いた音を
またポケットにしまい
いっしょに歩いていく
なぞり直していく
生涯で
もう聴くことはなかったはずの
サルベージされていない音楽が
海底に 眠っている
いまは ゆっくりでいい気がする
歩きながら
時間をかけて 

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蝶と月

蝶と月

やはり私のこころのいくばくかは
あのとき壊死してしまったのだろうか
感応しない部分があるようで
生きるほどに
少しずつそういう患部が
増えていくようで
欠けていく月と同じだと思う
機能することをやめ
自分の一部ではなくなったはずのものが
まだ私のなかに残っている
物言わぬ多臓器不全に占領される
擦り切れた私の実体は
一体どこに連れ去られてしまったのだろうか
無軌道に少年が放ったボールは
一体どこに

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星に願いを

星に願いを

わたしが
つぎのことばを求めるとき
その空白に身をゆだねるとき
くらくてふかい海に映る
ちいさな星をさがすような
途方もない仕事だと
感じることがあります

かすかな光をたよりに
底にゆらぐ きれいな石だけ
掬いとれるでしょうか

わたしが拾った石には
ひとが感じ入る美しさが
伴っているでしょうか

なんど経験しても
心臓がきゅっと締まる
きもちになります

ことばには値打ちがあるそうです
だから

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湖

空一面に湖が広がっていた
黄色のクレーンが釣竿に見えた
単色の水色は思考停止
すべての建物がくり抜かれていた
波紋がゆっくりと現れて消えて
不意に地べたを歩いているのが
恥ずかしくなった
こんなに澄んだ水ならば
ぼくも そっちで泳ぎたい
反転して 空に飛び込んだら
冷たいかな
気持ちいいよな
溺れないかな
もう溺れてる
楽しいよな
懐かしいよな
なくしてしまったひともこころも
ぜんぶ水色に溶けてし

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Digital Highlight

Digital Highlight

宵の宵は点滅 Digital Highlight
月明かりの朝礼台
きみを抱っこして
一緒に夜を見上げたら
煌々と光る
飛行機も星もつかめそうだ
上院議員の群れが森に還り
加湿機が玄関のすきまから逃走した
青い顔の少女が
窓を吹き抜ける風に涙を流し
金木犀が匂って消えた
生きている匂いは
どこにだって転がっている
だれかが描いた宇宙
ひらいた指のあいだから
赤い点滅がすり抜けた