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春ピリカグランプリ応募作品

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2023年・春ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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記事一覧

ひとしずくの指の言葉。

繁華街を歩いていた。 小学生だったわたしは、祖父の皺いっぱいの掌の中でぬくぬくとしていた。 時々その中で指を動かしたりずらしたりしてみせる。 そのどの指の形にも祖父は対応してくれた。逃れようとする親指を祖父の人差し指と中指がすぐさま捉えるとわたしを説き伏せるのだ、無言の指で。その度に尿意とは別の何かを感じる。それが心地いいのか悪いのかもよくわからないけれどその現象が嫌いではなかった。 商店街から漂っている縄のれんの向こうからは、コリアンダーのスパイスの香りが、畳屋からは青

【春ピリカ】(テケテテン)せかいふぃんが~さみっと~~~(ポワンポワンポワワワ~ン)【ショートショート】

世界フィンガーサミットは煮詰まっていた。 Next Generation Finger、通称NGF。 キミも知っているだろう。 そう。我々は次世代指を決める為、ここに終結したのだッ…!! 機械指族が誇らしげに実演に入る。 腰をいわした模様だ。会場から失笑が漏れる。やはりな。機械指族は、その指に身体が付いていけないッ…!!機械指族長は左右を抱えられ、悲し気に退場した。 次は食糧指族か。初見だが、噂は予てから。 植物指族の子がステージに上がる。食糧指族長の手先のフライド

【ショートショート】ハートのジャック

「本当に綺麗な指だね」 そう言いたいのをぐっとこらえて、薫は目の前に集中する。落ち着いた雰囲気でも、ダイニングレストランは賑わっていた。 「…では、この中から好きなカードを1枚引いて下さい」 薫は、迷うことなく真ん中のカードを引いて渡す。 「はい、あなたが選んだカードはハートのジャックですね?」 「はい」 「では、このカードに魔法をかけます!」 佐藤君は、カードを裏返し大げさに念力を込める。 「ではカードを裏返してください」 薫がカードを裏返すと、カードはスペードの9に変わ

きっかけは指。【ショートショート】

Googleストレージが95%です 今日もスマホから警告が流れる。 昔から整理整頓が苦手で、写真も全く整理せず放っておいたら最近頻繁に警告が出るようになって焦る。 こんなゴールデンウィークの天気が良い日に、何で家にこもってスマホで写真整理なんかしてるんだろうと、ほとほと自分のだらしなさが嫌になる。 そもそも、その都度写真を整理しなかった自分が悪いのに、どんどん機嫌が悪くなってくる。 何枚も撮った料理の写真、同じような景色の写真は言い訳をすると、どれが一番良いか選べないというこ

掌篇小説『夜の指』

仮名や英字、奇妙な図形や流線が節操ない色で光り踊る、夜。 郁にすれば、異星の街。 その店の硝子扉をひらく。 幾何学模様のモザイク壁、艶めく橙の革椅子……最奥には、ピアノ。 客はスーツの膨らんだ男ばかり。煙草と酒に澱む彼等には、乳白の地にあわく杜若の咲く袷を着た清らな訪問者は、それこそ異星人に映ったろう。 店にもう独り、又別の星からの女。 ピアノに撓だれる歌。数多のカラーピンで纏められた要塞の如き黒髪、ゴールドのコンタクトの眼、裸より淫靡なスパンコールドレス…… ……そし

別途betへと

「あ~、母ちゃんか。今ちょっと手が離せないんだわ。切るね」 右手でスマホを操作した。 手が離せないのは、物理的にである。 俺の左手は、机にある器具に繋がっている。 違法ギャンブル真っ只中。負けたら指の一本から五本の所有権を失う。登記していようが関係なくだ。 ギャンブルは大昔からある、数字や絵柄を揃えたり、並べたりする、オーソドックスなカードゲーム。左手は使えないけど、頑張れば何事も片手でできるもんだ。 大学一年生の時に、新歓コンパで調子に乗って、桜の木に登って、落ち

指紋(ショート)

 数十年ぶりに刑務所から出ると世の中は様変わりしていた。  車が空を飛んでいたり、アンドロイドが普通に歩いていたりして唖然とする。 「おつとめご苦労さん。」  門の前で古い友人が待っていた。 「とんでもねえ世の中だな。」 「こんなん序の口よ。まずは飯でも食おう。」  無人運転のバスに乗り込む直前、友人が青白く光る小さなモニターに手のひらをかざすと「ピポン」と軽快な音がした。新時代のマナーか何かかと思ってまねすると、けたたましくブザーが鳴った。 「何なんだこれは。」 「そうか。

『着脱式』 1196字

ある朝 目覚まし時計を止めようと、ボタンを押したが鳴り止まない。 (壊れた?) 僕はすぐに「異変」に気が付いた。 (指が……無い!?) が、痛みや流血などは無く、断面は滑らかだ。 目の端が何か動くものを捉えた。 指だ! それは布団の上で、楽しげにジャンプしているではないか。 (おいおい、嘘だろ……) 「おい指、戻ってこい!今から出勤なんだ」 すると、指はピョーンと、あるべき場所に戻ってきた。 その後も異変は続き…… 今や全ての指が外れて、勝手に動き回るようになっ

一生の仕事〜春ピリカ応募〜

川路遼は辞表を提出した。 40歳という働き盛りの遼に対して上司は慰留したがほどなく受理された。窓の外には雲雀が高く舞っている。 話は数ヶ月前に遡る。 近くの商店街を散歩していた時だった。骨董店で、一つの壺に心を奪われた。高さ30センチほどで、草花が描かれている。派手さはなく、シンプル。むしろボコボコとして不恰好でさえある。だが、美しい。 遼は、この壺に季節の花々を活けることができればどんなに美しいだろうかと思った。そして、こんなものが自分にも作れるとしたら。 「その壺に

【春ピリカ応募】まだ知らない色

月曜の朝、指先が、薄紫色だった。 「綿貫さん」 隣の席から呼びかけられる。 「すいません、ここ教えてもらっていいですか。いただいた資料にはこう書いてあるんですけど…」 花井くんは、4月に中途採用で入社してきた。 真面目で物静かで、私の説明も真剣に聞いてくれる。 「あ、この場合はちょっと特別だから、一緒にやってみようか」 花井くんが指示通りぱちぱちと、キーを叩く。 長くて華奢な指。 黒いキーボードの上で、薄紫の爪がリズムよく跳ねる。 …だめだめ、ちゃんとモニターを見

【ショートショート】指先

 喫茶店の窓から外を眺めていた。  コーヒーはすっかり冷めてしまった。  電柱があり、女性がそのそばに立った。彼女も待ち合わせだろうか。  ふと、その手に目がいった。正確には指先、爪だ。  やたらとカラフルなのである。十本の爪ぜんぶに違った色を塗っている。  右手の親指は赤、左手の親指は黄色。  そのうち、相手らしき男性があらわれた。彼も爪に派手なマニキュアをしている。  私は自分の素の爪を眺めた。  会社の同僚、田原マチ子があらわれた。 「遅れてごめーん」 「いつものことだ

恋文を読む人|掌編小説(#春ピリカグランプリ2023)

「あの人、ラブレター読んでる」  オープンテラスのカフェで、向かいに座っている妻が突然言い出した。僕の肩越しに誰かを見ているようだ。 「あー振り向いちゃダメ! 気付かれるから!」  90度動かした首を再び正面――妻の方へと向ける。 「なんでラブレターって分かるの?」 「人差し指でこう……文字をなぞるように読んでるの。横にね。私も昔、ああいう風に読んでたから」 「ラブレターを?」 「そう」  一瞬、「いつ、誰からもらったんだ?」と嫉妬の念に駆られたが、とりあえず耐える

礼拝堂の天井に 【創作】

・・暑い。スマホを握りしめる手にも汗が。 空気は乾燥してるけれど、日差しが強い。日本はゴールデンウィークの時期だけど、イタリアがこんなに暑いとは。 行列に並びながら、スマホをいじる。汗が垂れて、画面に雫が落ちる。指で拭うと、汗は広がって、ますます見えなくなってしまった。 世界中からの観光客で、ふだんから2時間以上の待ちだという。 世界で一番小さな国、バチカン市国。イタリアのローマ市内にあり、カトリック教会の「総本山」として、ローマ教皇によって統治されている国家。 建

『とまった先に』:春ピリカ1200文字

紫がかった空を真っすぐにさすその指を 放っておくことが出来なかった。 無言の助けを求めているようで。 子供達のはしゃぐ声の響く公園に、その青年はいつもいた。ただぼっと遠くを見つめる彼は、微動だにせずに隅の木陰に座る。走り回る子供達は誰一人として、彼の事を気に留めてはいないのだろう、それほどに彼の周りだけの時間が止まっているように思えた。毎日毎日同じ場所に座り続けている彼は、時にそっと地面に咲く花に触れたり、ふと揺れる木の葉に目を向ける。 いつから彼がこの公園に来ているのかも