祭りの夜に ~ショートショート500字~
風鈴と遠花火の音が、母の視線を窓に向けさせた。パソコンの使い方を出来るだけ分かりやすく教えている僕は、どことなく落ち着かない様子の母に苛立った。
「聞いてんの?」
「もちろん。でも、なんだか難しいよね」
呆れて溜め息をついた時、どこかに置き忘れた僕のスマホが鳴った。少し間を置いて、迷惑そうな顔で部屋の中に入ってきた妹は、鳴り続けるそれを手にしていた。
「おう、ありがとう」
知らない番号からの電話だったが、今日あたりに掛かってくる、心当たりはあった。
緊張しながら通話すると、妹も側に立って聞いていた。母と二人は、すぐに察したようだ。電話の相手が誰なのか。
「はい、頑張ります。来週の月曜日から、宜しくお願いいたします」
反射的に頭を下げた。電話を切った途端に、照れ臭い気持ちになった。
「よかったね」
母が静かにそう言うと、妹は小さく頷いた。いかにもほっとした顔で。
「ねえ、花火を見に行こうよ」
その音は、まだ部屋の中に届いていた。
「え、嫌だよ」
ひねくれた態度で遠慮した。
「いいじゃない。行きましょ」
母が背中を押してくれた。僕の座る車椅子をゆっくり動かして。
窓辺の風鈴が鳴った。涼しい夜風が、僕らを外へ誘い出すように。
【あとがき】
本稿は、小牧幸助さんが主宰する「シロクマ文芸部」への参加作品です。唯一のルールは、作品が今週のお題で始まることです。
そのお題とは、「風鈴と」です。「と」に続く何かが、風鈴と響き合う夏の風物詩になるように考えて、遠花火を繋げました。
500字ぴったりに意味はありませんが、区切りよく仕上げてみました。