【俳句】弟の句をよむ 令和六年秋
前回(本年春)に引き続き、今回は秋の句を取り上げたい。芸術の秋と言われるように、俳句も今が旬というか、味わい深い頃ではないだろうか。もののあわれを痛切に感じる季節である。
ところが、四季ごとに分けられた季語のうち、最も数が多いのは夏のようだ。興味深く調べてみると――
なるほど、夏は草木も虫も生気に満ちる為、動植物に関する季語が断然多いようだ。
それでも、俳句は秋という、ずぶの素人ながらの印象に自らお墨付きを与えるべく、俳聖と称えられる松尾芭蕉の句を紐解いてみた。
すると、結果は期待通り、秋の句が四季の中で最も多く、生涯に残した九百八十余句のうち、三百以上あった。目を通すと、月を詠んだ句が印象的であり、芭蕉は月に特別な思い入れがあったとされる。
秋と言えば、空模様が移ろいやすく、昼夜を問わず様々な顔を見せる。中でも、夏の頃より高く感じられる青空、及び星空は、秋らしい眺めである。
今回、選び出した弟の句も、秋の空を詠んだ句が昼夜それぞれ含まれている。下記にご紹介した上で、筆者なりの解釈を添えるが、それは俳句の技法を明かす立派な解説などではなく、初学者の感想、或いは妄想に過ぎないことをご承知おきいただきたい。
ただ願うのは、親愛なる弟の句が一人でも多くの方に届くことである。
目に浮かんだのは、日の暮れた秋の高原である。遠くに連なる山々は、とっぷりと闇に沈んでいる。その稜線、つまり夜空との壮大な境界線は、くっきりと浮かんでいるが、それすらない、地上には何もない、と感じられる程、星々は月のように明るい。
星の光は、もちろん今放たれたものではない。きっと詠み手は、何年前の光を見ているのだろう、と考えた。時間という概念を幻に感じた。この地球上の営みが、空漠たる広がりのように。
星月夜は、「ほしづくよ」と発したい。
詠み手は、錦秋の山奥に出向いたのではないか。落差の大きな滝が、晴れ渡った空に水飛沫を上げている。
水は、人の営みに欠かせない。古代文明も大河の流域で栄えた。水の流れが国を成すとも言えるが、その象徴たる川は、山国であれば滝になる。滝を昇った先に仙地があるという感覚は、清らかな秋こそ高まるだろう。
仙娥滝は、甲府市の昇仙峡にある。甲府盆地で生まれ育った我が兄弟にとって、昇仙峡は自慢の景勝地であるが、句中の仙娥滝は、似通った滝を馴染みのそれに例えた可能性もある。
声に発すると、「刹那」という音の響きが実に鋭い。
この句は、白昼夢で見た光景を切り取ったのではないか。詠み手は、なぜか駆け出しの猟師になり、青空を飛び交う獲物に銃口を向けた。ただ狙いを定めることに集中していたが、いざ引き金を引く瞬間、空が一段と高くなったように、獲物が小さく見えた。そして、詠み手は銃声と共に目を見開き、夢からはっと目覚めた。頭上に広がる現実の空も、きっと高々と晴れていた。
詠み手の、何かしらに対する恐れが透かし見える句だが、そのような感想は的外れかもしない。
人もまた、集団になると倫理観が欠如して、恐ろしい生き物になりがちである。稲雀とは、秋の実りに鳥害をもたらす集団であり、ぷっくりと愛らしい雀が悪意を備えたように変貌する。
目に浮かんだのは、一面の稲穂と群れを成した雀が、白昼の澄んだ陽差しに輝く様子である。同時に、「落つ」という言葉から落陽を連想した。
雀色時は、空が雀の頭部のような茶褐色に染まる夕暮れ時のことであり、光を纏いながら落ちる雀色が落陽の心象と重なる。
即ち、昼下がりの鳥害を写実的に切り取った上で、農業の、或いは国家の斜陽を暗示しているのではないか。
本年の米不足が影響していると感じる。
甲府市郊外は、国内屈指の葡萄の産地である。県内の約八割が山地であり、葡萄山と例えられる地域は数多くある。
詠み手は、肌寒い秋陰の日に、葡萄畑の丘を広く眺めているのではないか。畑を認識できる距離は、山というより丘であり、その遠くに高い山々が連なっているのだろう。尾根は、もちろん厚い雲に隠れている。いや、太い柱のように深く突き刺さっている。句中から、山のどっしりとした姿がひしひしと伝わって来る。
曇天は、晴れやらぬ地域経済を示しているとも解釈できる。ワイン造りを含む葡萄に関する産業は、それを支える伝統的な柱の一つである。
最後に、お国自慢を付け加えると、甲府市周辺は年間の日照時間がとても長い。山に囲まれている為、暗い印象があるかもしれないが、自然豊かな明るい土地柄である。