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【小説】【童話】の記事

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小説・童話の記事をまとめました。
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記事一覧

【小説】紙に畳んで

和志くんへ お返事の手紙を何度も読みました。 丁寧に伝えてくれて本当にありがとう。 私は、和志くんの正直な告白、 その誠実さに胸を打たれて、 もう一度だけ、 お伝えしなきゃいけないことが出来ました。 結論から申し上げると…… あなたは、決して悪くない。 和志くんのせいで、 大地が亡くなったわけではありません。 あの千羽鶴は、 雑に捨てることなど出来ませんから、 神社の宮司様にご相談して、 先月お焚き上げしました。 全校生徒の皆さんで 折り鶴を作ってくださった喜びは、

【小説】推し認欲求

 お腹がすいているのに、ご飯を食べないで帰ることにしたのは、仕事帰りのお父さんと顔を合わせたくなかったから。 「お父さんには、まだ言わないでね」 「別にいいじゃない。おめでたいことなのに」  さっき喜んでくれたお母さんは、ちょっぴり呆れ顔だった。  薄暗くなった外は、異常な残暑が立ちのいて、秋らしい空気が心地よかった。遠回りして駅に向かうと、大きな公民館の前にある、インドカレーのお店に目が留まった。学生の頃から気になっていたけど、店構えが怪しげだから、一度も入ったことはなか

【小説】炭酸よりも君が好き

 久しぶりに晴れて、西の空が夕焼け色に輝き、東から刻々と迫る夕闇の、群青色との境界線が曖昧だった。そのグラデーションを背景に浮かぶ雲は、ピンクと紫が溶け合うように、色彩豊かに染まっていた。  高校一年生の風間は、バドミントンの部活を終えて、バス停に向かう途中だった。大通りから外れた道で、左手に赤い鳥居の小さな神社があり、風間の前方を背の高い女子学生が歩いていた。彼女は、自販機の前でふいに立ち止まり、白いブラウスの肩に下げた鞄の中をまさぐった。風間には、ショートカットの後ろ姿

【小説】家族の存在証明 -後編-

 中学二年の冬、苗字を変えて、母と二人で暮らし始めた。住まいは日当たり不良の安アパートの一角で、風呂とトイレを別々に備えていたが、古畳の部屋が二つあるだけで、延べ床面積はこれまでの五分の一ほどになった。驚くべきことに、俺が通っていた中学校の側だった。  一部で物笑いの種にされていただろう。世間体を大事にしてきた母が、そんなことを気にしていたら生きてはいけないと言い放ち、俺にも強くあることを求めた。  ある日、スーパーマーケットの外で働く母の姿を見た。段ボールを片付けているよ

【小説】家族の存在証明 -前編-

   俺には腹違いの姉がいた。彼女の名前を古くさいと貶していた母が、純子というそれを口にする時、頭の濁音はひどく濁った。憎々しげに、この上なく汚い音だった。  純子と香純。純の読み方は異なり、母の名前に濁音はない。純子は香純さんと呼んでいた。同じ漢字を使うのは運命的な偶然だが、近づけば反発し合う磁石を連想させて、名前すら最悪の相性に思えた。  ねぇ、俺はそう言って純子に話しかけた。決して姉を意味するねぇではなく、どう呼んでいいのか分からなかった。母に睨まれることを恐れ、そもそ

【小説】使い道を知らなくて

 いかに仲睦まじい夫婦でも、生まれ育った環境が違うのだから、意見がたびたび対立するのは当然のことだ。例えば子育てに関して――  実家が自営業の咲良は、子供が小学校低学年のうちから、小遣いを与えてお金の管理を覚えさせるべきだと考える。  一方で、母親がなにかと過干渉だった僕は、中学にあがるまでお年玉も回収されていたから、まだ小学三年になったばかりの奏哉には、必要な物を買い与えればいいと考える。 「親の言うことばかり素直に聞いてると、なにも自分で決められない大人になっちゃう。り

【小説】蝶に宿りて

 愛とは、見捨てないことだと、誰かが言ったそうです。けれど、見捨てるべき人を見捨てられない場合は、愛と呼べるのでしょうか。  結局、私は何度裏切られようとも、母を見捨てられませんでした。  六年ぶりの再会は、歌舞伎町で働いていた頃です。  桜が咲き始めた三月の夜、どこで噂を嗅ぎつけたのか、母は客として現れました。金回りの良さそうな身なりで、目立つ黄色いジャケットを着ていましたが、瞬時に誰か分からないほど年老いて、まだ六十前のはずが、七十くらいに見えました。顔に出る強欲さが、

【小説】かっこつけた成績の上げ方

 甘ったるい声の駒木先生が、あいうえお順に生徒の名前を呼び、英語の期末試験の結果を返却していった。 「倉本くん、百点!」 「おお!」  皆の前で点数を発表されるのは、百点満点の時だけだ。  俺は、首にマフラーを巻いたまま、寝ているふりをしていた。すると、一人だけ順番を飛ばされ、最後に名前を呼ばれた。 「新田くん」  不敵に聞き流した。 「こら! 新田大輔」  後ろの生徒に背中をつつかれてから顔を上げると、皆の視線を集めていた。教壇に立つ先生は、くりっとした目の幅を狭めるように

【小説】二梅 -FUTAUME-

 思春期を迎えた女の子は、まるで白梅のようだ。同い年でも幼げな、まだ蕾のままの男の子に先駆け、ちょっぴり生意気な花を可憐に咲かせる。ふとした仕草から、“女” がほのかに匂い立つと、私のような父親は、どきっとさせられ、どことなく不安になる。  或る晩、髪をまとめた万葉が、台所でお手伝いをしながら、千里に何かをねだっていた。二階から降りてきた私は、隣接する居間で文庫本を開き、耳をそばだてた。  どうやら万葉は、お洒落なチョコレートを作りたいようだ。渋る千里は、大雑把な性格を自認

【小説】ふられて尚、単純につき 

 修一郎は、実に単純な男だ。故に、定職に就いていないにも関わらず、恋人と僅か二か月の交際で結婚を確信した。早とちりした報告は、親や友人に留まらなかった。バイト先でも得意満面に触れ回った。そして、交際開始からの日数を律儀に数え、百日目の記念日にプロポーズを決意したが、あまりにも虚しく、その五日前に別れを告げられた。  青天の霹靂の彼に、去りゆく恋人は言った。「女みたいにトイレが長すぎる男は嫌いなの」  翌々週の日曜日、クリスマスイブを迎えた。修一郎は、バイト先のシフト表を休み

【童話】土と太陽

 ほんのすこしだけ昔、かふふ盆地の真ん中らへんに、のぶ爺さんのぶどう畑がありました。  かふふ盆地は、まわりを山々に囲まれて、すりばち状に凹んでいます。空高くのぼる太陽から見ると、大きなパラボラアンテナのようです。  のぶ爺さんのぶどう畑は、日あたりも風とおしもばつぐんで、広々としていました。ずらりと並んだ木の枝に、ぶどうの赤ちゃんが芽吹くのは、のどやかな春でした。そして、暑い夏をものともせず、すくすくと成長する沢山のぶどうは、さわやかな秋に、しゅうかくの時をむかえました。毎

【小説】青朽葉

 法学部二年の真司は、清涼な空気にいざなわれ、早朝のランニングを日課に定めた。食欲の秋にかまけた挙句、怠惰な体になった去年を反省してのことだ。  タオルを首に巻き、ウエストポーチを腰に巻く。両親と年の離れた弟が、戸建ての二階でまだ寝ているうちに発つ。イヤフォンで軽快な音楽を聞きながら、毎朝ほぼ同じルートを颯爽と走る。高校時代の彼は、バスケットボールの選手だった。  閑散とした道に、様々な枯れ葉がぽつぽつと落ちている。赤、黄、そして青みがかった色合いもある。かつての日本人は、も

【小説】カネの準備は出来ている

 夏のおびただしい日差しを避け、賑わう学食で特盛カレーを食べていると、嫌な話を小耳に挟んだ。 「シングルマザーの再婚率は、子供の性別によって五倍の差があるらしい」  ちらりと振り返ったところ、男が女に語っていた。五倍は、流石に盛っていると思った。 「どっちが再婚しやすいの?」 「そりゃあ、女の子でしょう」 「ああ・・・なんか、気持ち悪いね」  生じた偏見は、致し方ないのかもしれない。性的虐待に関するニュースは、後を絶たないのだから。    俺の両親は、息子の彼女に四歳の娘がい

【小説】喜劇のやくそく

真子さんへ  まず、お聞きしたいことがあります。小学生か中学生の頃、児童劇団で演じた役の中に、「お父さんに仕事をください」という台詞はありましたか?   僕は、全く覚えていないのですが、かつて賢一先生から聞いた話では、真子さんか京子さんのどちらかが、舞台上で発した台詞のようです。 「娘に言われて、尻に火が付いたんだよ」  笑いながら、そのように語ってくれたエピソードは、起業のきっかけです。冗談かもしれませんが、件の悲しげな台詞は、賢一先生の心に強く残った一言に違いありませ