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空想お散歩紀行 物語の道

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空想の世界の日常を自由に描いています。
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2023年3月の記事一覧

空想お散歩紀行 揺れる水面は桜色

空想お散歩紀行 揺れる水面は桜色

船乗りたちの間で、一年の内、この時期だけの楽しみがあった。
彼らは船に大量の酒と食べ物を積んで出港する。目的地はどこかの大陸や島ではない。
見渡す限り水平線しかない海上である。
既に何隻もの船がこの海域に集まっていた。
不思議とこの時期は海が荒れることはほとんどなく、今夜も穏やかな波がゆりかごのように船たちを揺らしていた。
船乗りたちは皆一様に、水面へと目を下ろす。
普段、海の上で生活し、海面など

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空想お散歩紀行 夜桜の約束

空想お散歩紀行 夜桜の約束

太陽の下で咲き誇っていた桜は、その光を蓄えたかのように、夜の闇の中でも光を放っているかのようだった。
実際には、月に照らされて、どこか青白い光に包まれているように見えているのだが。
それでも桜の美しさは変わらない。
そんな桜の木の下に、集まってくる客がいた。
それはこの地域に住む猫たちである。
昼は人間たちにその場所を譲っていたかのように、今度は自分たちの番だと言わんばかりの顔で何匹もの猫が桜の根

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空想お散歩紀行 桜の木の下は戦場

空想お散歩紀行 桜の木の下は戦場

山の上に悠々と立つ一本の樹木。なぜその木だけがそこにあるのか、それは遥か昔の彼方まで戻らないと誰も分からない。
ただ一つはっきりしていることは、そのたった一本の桜の木は実に見事な姿で立っているということだ。
圧倒的な存在感を放ちながらも、どこか儚げで、次の瞬間には消え去ってしまうのではないのかという雰囲気さえある。
どんな美人が木の下に立ったところで、桜をより彩る引き立て役にしかならないだろう。

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空想お散歩紀行 サクラに沈む

空想お散歩紀行 サクラに沈む

旅人が立ち寄ったそこは、実に奇妙で不思議な妖しさを纏った場所だった。
地面が一面ピンク色に染まっている。
そう見える原因は大量に落ちている花びらだ。
ピンクの花びら一つ一つはそれほど大きなものではないが、それが隙間もないほど地面に積もっているのだ。
それだけではない。地面のところどころが小さな山のように膨らんでいる。それがいくつも並んでいた。
地面と同じピンク色の山に近づいてよく見てみると、それが

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空想お散歩紀行 宴会の前に

空想お散歩紀行 宴会の前に

春は鳥が歌い、花が咲き乱れる季節である。
暖かな日差しの元、宴会を開きたくなるのは古今東西変わらない。
今日も何人もの男女が、とある丘の上に集まっていた。
だが、彼らの表情はただこれからの時間を楽しもうという気が緩んだものではなかった。
楽しもうという感情に変わりはないだろうが、それは獲物を狩る人間の楽しさの類だった。
その通り、彼らがこれから行うのは狩りだ。
手に手にしているのは、身の丈ほどの大

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空想お散歩紀行 伝説の花を咲かせましょう

空想お散歩紀行 伝説の花を咲かせましょう

その瞬間、会場は歓声で包まれた。
広大な庭。敷地内に自作の川まで流れる、豪邸の一角で、それは輝くようにそこにあった。
招待された客たちは、皆一様に同じ方向に目を向ける。
その視線の先にあるのは、一本の木。
まばゆいピンクと白が混ざった花を満開に咲かせているその木の名前は、桜。
かつてこの国では、一年のうちの決まった季節にこの桜が至るところに咲き乱れていたらしい。
だが現在、桜は伝説の中の存在となっ

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空想お散歩紀行 桜蜃気楼

空想お散歩紀行 桜蜃気楼

桜の花が木々を彩り始めたころ、始まりはその出会いだった。
彼女は、10年前に2度と会えない永遠の別れをしたはずだった。
それも見た目まで10年前のままの姿で僕の前に現れた。
幽霊なんて信じたことはなかったが、そう思えてしまうほど、生き写しだった。
だが、その彼女には足もあるし、言葉も交わせたし、温もりもあった。
これは、桜が散るまでのほんの一瞬の間だけの物語。
これは過去の贖罪の話なのか、それとも

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空想お散歩紀行 それはとてもリアルな死の演技?

空想お散歩紀行 それはとてもリアルな死の演技?

アンデッド。死なない体。別に願って、欲しくて、手に入れたものではない。
ある意味事故みたいな感じで私はこの不死という特性を手に入れた。まあ、その辺は話すとめんどくさいので省くが。
とにかく、別に欲しかったわけではないので、不死になったからって何かをやるとかは最初はなかった。
怪我や病気で死ぬことはない、四肢がもげようが、首が飛ぼうが死ぬことはなく元通りになる。
だが歳は取る。つまり不老ではないのだ

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空想お散歩紀行 クラウドファンディング国家

空想お散歩紀行 クラウドファンディング国家

世界は多様化を極めていた。
あらゆる生き方、あらゆる生き様が受け入れられ、一人一人が自分の進みたい道へと進んで行く。
それは一見するとあらゆる選択肢が許される自由な世界のように見えるが、どんなものにも光が当たれば、影もできる。
今までの世界は、生まれた社会によって、ある程度進む方向は定められていた。文化や風習、常識や定番が必ず誰が生まれた場所にもあった。
言ってみれば、それは羅針盤がちゃんと存在す

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空想お散歩紀行 そこに確かにあったもの

空想お散歩紀行 そこに確かにあったもの

まだそこかしこから煙が上がっている。
人が住んでいた家や、いろいろな人が言葉を交わしていたであろう店、それらは今崩れて瓦礫となっている。
戦争とはやはり罪深いものだ。
歴史という分厚い本の中で見れば、それがきっかけで歴史の流れが大きく変わる転換点であり、結果として豊かな未来が作られることもある。
だがそれでもやはり、戦争は無いに越したことはない。
しかし、いくらそう願っても起こってしまうのが戦争と

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空想お散歩紀行 槍と盾の信頼関係

空想お散歩紀行 槍と盾の信頼関係

これと言って特徴の無い普通のオフィスの一部屋で二人の男女が向かい合っていた。
相当のキャリアを積んできたであろうという雰囲気がその見た目から分かる、40代くらいの女性が座るデスクの前に、20代後半くらいの屈強な男が立っている。
「今回の任務は既に聞いているだろうけど、リッチー・モンド氏の護衛よ。彼は数々の差別や格差を解消した政治家として、民衆からの信頼が厚い。今日は、彼が支援者たちの前で演説をする

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空想お散歩紀行 新人の初挫折

空想お散歩紀行 新人の初挫折

こんなことになるとは。
もっと上手く行くと思っていた。実際途中までは上手く行っていた。
だけど、途中からは予想外の展開ばかりが続き、それに追われ、何も対応できないままズルズルと行ってしまった。
これが社会か。今まで自分の人生は順調だと思っていた。自分の思ったことは思い通りに行っていたし、友人や教師からも認められた存在だった。
でも所詮はそれは学生の世界だったのだ。
そこは社会の中の小さな小さな部分

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空想お散歩紀行 境い目に立つ人

空想お散歩紀行 境い目に立つ人

友人はこの仕事のことをあまり良くは思ってくれない。
確かに、俺の仕事は正直給料がいいわけではないし、日々基本的には同じことの繰り返しだ。
でも、俺にはこの仕事が妙に合っている気がするのだ。
この小さな国の国境で監視員をすること。
辺境の地にある小国である俺の国は、そんなに人の出入りがあるわけではない。
一年に一度の祭りの時に多少増えるくらいだ。
交通の便がいいわけでもないし、大した産業があるわけで

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空想お散歩紀行 有害図書館

空想お散歩紀行 有害図書館

東京都のどこか、それは地下にあった。
何重もの分厚い扉のその向こうにある部屋。
そこは牢獄だ。
しかし、そこに入れられるのは人間ではない。
その牢獄となっているスペースに並べられているのは数えきれないほどの本棚。
ここは牢獄ではあるが、正確な名前は有害図書封印図書館と言う。
日本全国の書店。ビル型の書店から、個人経営の田舎の本屋まで、いつの間にか商品棚の中に見知らぬ本が並んでいることがある。
誰が

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