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空想お散歩紀行 桜の木の下は戦場

山の上に悠々と立つ一本の樹木。なぜその木だけがそこにあるのか、それは遥か昔の彼方まで戻らないと誰も分からない。
ただ一つはっきりしていることは、そのたった一本の桜の木は実に見事な姿で立っているということだ。
圧倒的な存在感を放ちながらも、どこか儚げで、次の瞬間には消え去ってしまうのではないのかという雰囲気さえある。
どんな美人が木の下に立ったところで、桜をより彩る引き立て役にしかならないだろう。
その一本の桜の木の周りも草や小さな花たちが、まるで主を讃える従者が跪いているかのように静かにそこにいる。
一見するとその空間は一種の理想郷のように見えるが、それも桜の木の半径100メートルまでだ。
それより外は、全く真逆の光景が広がっていた。
草木は一本もなく、ただ土と岩とかむき出しの地面。そこかしこにクレーター状の穴があいている。
明らかにそれは自然に出来たものではなかった。
それは、人の手によるもの。人と人とが争い、戦い合ったその傷跡だ。
毎年、春に桜が咲くころ、この至高の桜の下で花見をしようと何百という個人や団体が押し寄せる。
そして、戦闘が始まるのだ。我こそが、我らこそが、今年こそあの桜の下で花見をするのだと、己の命まで懸けて戦いの場に足を踏み入れる。
そこまでの魔性とも言うべき魅力がその桜にはあるのだ。
いつ、誰が言い出したのかはもはや分からないが、桜の木の半径100メートル以内では戦闘は行わないことがいつの間にか協定として定められている。
そして、桜の木からおよそ1キロほど離れた場所だろうか、一つの爆音が鳴り響いた。
今年も壮絶な場所取りが始まった合図である。

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