高橋啓

翻訳家。北海道帯広市在住。40年東京で暮らしていましたが、10数年前に猫を連れて里帰りしました。その猫も去年(2022年)秋に19歳で世を去り、老母もつい最近、高齢者住宅に入りました。翻訳三昧の毎日です。

高橋啓

翻訳家。北海道帯広市在住。40年東京で暮らしていましたが、10数年前に猫を連れて里帰りしました。その猫も去年(2022年)秋に19歳で世を去り、老母もつい最近、高齢者住宅に入りました。翻訳三昧の毎日です。

最近の記事

翻訳という仕事

 先週の日曜日(11月10日)に東京出張から帰ってきました。  6日には日仏学院(Institut français de Tokyo)で、対談形式の講演をやりました。対談の相手は東京創元社の私の担当編集者です。  日仏学院は言うまでもなく、フランス政府公認かつ大使館直轄の語学学校です。何を隠そう、私もかつて学生時代にここで学びました。  今回、私がここに呼ばれたのは、「短期集中翻訳者養成プログラム」というイベントに参加するためです。これは今年から新たに試みる企画なのだそうで

    • 冬の心(その8)——破綻。

       カミーユの心は暴走する。  私の生涯のパートナーはステファンだ。マネージャーのレジーヌでも、恋人のマクシムでもない。ステファンがいなければ生きていけない。私のヴァイオリンは、彼がいなければ鳴ってくれない。  ステファンは危険を感じる。彼女の情熱に、ではなく、激しく彼女のほうに傾いていく自分の心に。彼はかろうじて踏みとどまり、カミーユとの間に距離を置こうとする。

      ¥200〜
      • 荒唐無稽

         三年がかりで進めてきた長大な小説(『7』)の翻訳も終盤を迎えて、まるで強迫観念のように「荒唐無稽」の四文字がいつも頭のなかを行ったり来たりしています。  もちろん、この小説が荒唐無稽な物語を七つ重ねた作品だからですが(ちょっとした作品紹介は以前やったので繰り返しません)、ひょっとしたら荒唐無稽そのものがこの作品の主題なのではないかという気がしてきたからです。  そこで、まずは手元にある国語辞典(小学館国語大辞典)を引いてみると、 「言動に根拠がなくて、とりとめもないこと。で

        • 冬の心(その7)——ヴァイオリン・ソナタ、あるいは無窮動。

           

          ¥200〜

        マガジン

        • 冬の心
          8本
          ¥1,000

        記事

          主語の問題

           このnoteのページで、何度か現在翻訳中の『7』(トリスタン・ガルシア)について触れました。  六五〇ページにおよぶ大著の翻訳もようやく最終盤に入り、残すところ七〇ページほどのところまでたどりつきました。年内には初稿を上げるつもりです。来年中に本が出るか出ないかは、編集者のタイムスケジュール次第となるでしょう。  と、こんなふうに今回の投稿を書き出したのは、じつは十一月の初旬に東京の日仏学院で催される「翻訳者養成プログラム」の担当編集者との対談企画のあとに、一時間程度の「ミ

          主語の問題

          冬の心(その6)——ピアノ三重奏曲、あるいは「郷愁」。

           これはステファンが、カミーユ愛用のヴァイオリンを調整し直した直後に彼女が弾くピアノ三重奏曲の冒頭の描写です。ビデオを探し求めて——あるいは買い求めて——この場面を確認するのはむずかしいでしょうが、さまざまな音楽専門のプラットフォームがありますから、この曲をストリーミングして聴くのはそんなにむずかしいことではないでしょう。  これを書いている今、わが家のオーディオで鳴っているのもこの曲です(ストリーミングではなく、CDですが)。

          ¥200〜

          冬の心(その6)——ピアノ三重奏曲、あるいは「郷愁」。

          ¥200〜

          三人の購読者

           「冬の心」というタイトルのもとに有料マガジンの枠を設定して、ほぼ一カ月。さっそく三人の読者の方々が購読者となってくれました。ありがたいことです。よちよち歩きのマガジンにとって、この三人の購読者の存在は、建物に例えるならば礎石のようなものです。  地味な一歩ですが、幸先のいい一歩だと感じています。娘と有料化の段取りを進めているとき、とにかく立ち上げてみよう、で、あまりにも反応が鈍いようなら潔く撤退しようと話していたので、とりあえず撤退することはなさそうです。  「冬の心」は少

          三人の購読者

          冬の心(その5)——ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ。

           カミーユから修理を託されたヴァイオリンを前にして、ステファンの頭で鳴る曲の描写。しかし、今、自分で書いたものを読み直し、あらためてラヴェルのヴァイオリン・ソナタについて調べていくと、自分がとんでもない勘違い、あるいは確信犯的ともいえるアクロバット的な小説化をやってのけていることがわかる。冒頭の引用は次のように続く。

          ¥200〜

          冬の心(その5)——ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ。

          ¥200〜

          冬の心(その4)——ラショーム先生

           場面は転換し、パリ中心部の少し光のくすんだアトリエや活気のあるレストランの内部から、鬱蒼とした森に包まれたラショーム先生の自宅へと移る。この場所を「ヴェルサイユに近いサン=マルタンの森」に設定した根拠は何かと問われると、もう明快には答えられない。考えられることはまず、ヴェルサイユという地名がシテ島と同じように、たとえフランスやパリに行ったことのない日本人にも馴染みのある地名だということがあるだろう。

          ¥200〜

          冬の心(その4)——ラショーム先生

          ¥200〜

          近況——偶然について。

           連載形式の「冬の心」(有料マガジン)のページを立ち上げましたが、週に一度欠かさず連載するのはかなりしんどく、長い連載になりそうなので、単調さを避けるためにと身辺雑記のようなものをときどき混ぜていこうかと思っている次第です。  有料ページを設けたのは、いささかでも収入の足しになどとおめでたいことを考えたからではありません。いわば退路を断つというのに近いかもしれません。無料で人の顔色をうかがいつつ(?)書くというようなことを続けているとだんだん力が削られていくような気がします。

          近況——偶然について。

          冬の心(その3)——出会いの場面。

          ¥200〜

          冬の心(その3)——出会いの場面。

          ¥200〜

          有料化について

           お金を払ってでも読みたい文章というのがどういうものか、正直言ってよくわかりません。  ただし、この note のページを開設したときから、有料にすることは射程に入っていました。それを提案してきたのは、このページの編集担当をしている娘です。無料が前提のブログ(十勝日誌)で文章を書き続けていくことに困難を感じている父に、SNSが当たり前の世代の娘が、こんなのも、あんなのもあるよと教えてきてくれたなかのイチ推しが、この note だったのです。  ブログへの文章投稿を継続すること

          有料化について

          冬の心(その2)——シテ島のアトリエ。

           今、パリの街はオリンピックで湧き上がっている。でも、これまでの盛り上がり方とは様子が違う。なぜなら、パリの街そのものが競技会場と化しているから。選手たちが船に乗ってセーヌを降る前代未聞の開会式もさることながら、一部の競技はセーヌ川とその周辺のオープンスペースで繰り広げられることになっている。  百年ぶりのオリンピック開催ということもあって、世界各国から観光客も押し寄せている。開会式を狙った鉄道襲撃事件も起こり、治安当局はさぞピリピリしていることだろう。  でも、テレビに映し

          ¥200〜

          冬の心(その2)——シテ島のアトリエ。

          ¥200〜

          冬の心(1)

          この記事はマガジンを購入した人だけが読めます

          ¥1,000

          冬の心(1)

          ¥1,000

          遠近法(その3)——イタリアびいき

           ここ最近の自分の投稿を読み返していると、われながら力のない文章が続いていると痛感します。四月の下旬から六月の下旬にかけて、二冊の原書を立て続けに読んで、しかもどちらもボツにしてしまったので、よほど疲れたのだろうと思います。寄る年波ということも実感させられます。  前回、塩野七生の『ルネサンスの女たち』を引用したのは、若い頃に読んで元気をもらった作品を思い出して気合を入れ直そうという魂胆でしたが、エネルギーが底をついているときにはどんなに頑張っても元気は出てこないようです。う

          遠近法(その3)——イタリアびいき

          遠近法(その2)——ルネサンスの女。

           前回は、ローラン・ビネの新作『遠近法』について触れました。  処女作の『HHhH』はフランス本国ではゴンクール新人賞を受賞し、日本では本屋大賞の翻訳小説部門で一等賞を頂戴し、第二作目の『言語の七番目の機能』では事故死のはずのロラン・バルトをスパイによる謀殺に仕立て上げて物議を醸し、第三作目の『文明交錯』では西洋中心の歴史地図を反転させるという大胆な試みに挑戦し、第四作目は、なんとイタリア・ルネサンスを背景にした「書簡体ミステリ」という新たなジャンルを切り拓く。  なんとまぁ

          遠近法(その2)——ルネサンスの女。