冬の心(その6)——ピアノ三重奏曲、あるいは「郷愁」。 2 高橋啓 2024年9月23日 16:28 ¥200 私は一瞬めまいを感じた。すとんと底のない井戸に落ちていくような感覚をおぼえた。何もかもが垂直に落ちているようだった。体内が垂直に落ちる音の雨で満たされているようだった。それは流れてはいなかった。垂直に降っていた。星が降っているようでもあった。それはバスクの山で見上げる夜空かもしれなかった。指先が震えた。鳥肌が立った。カミーユの弓が私の肌をこすっているように思えた。目の前がすべて青くなった。部屋に、あるいは私の頭に、私の身体にあふれている音はすべて青かった。空の青、海の青、夜空の青、紺、藍、群青、すべての青のニュアンスが雨のように降っていた。もののかたちはすべて溶け、ただ青が満ちていた。カミーユの青い目のなかにいるようだった。陶酔というにはあまりに明晰だった。 これはステファンが、カミーユ愛用のヴァイオリンを調整し直した直後に彼女が弾くピアノ三重奏曲の冒頭の描写です。ビデオを探し求めて——あるいは買い求めて——この場面を確認するのはむずかしいでしょうが、さまざまな音楽専門のプラットフォームがありますから、この曲をストリーミングして聴くのはそんなにむずかしいことではないでしょう。 これを書いている今、わが家のオーディオで鳴っているのもこの曲です(ストリーミングではなく、CDですが)。 ダウンロード copy ここから先は 1,771字 この記事のみ ¥ 200 購入手続きへ 有料マガジン ¥ 1,000 月に2本ほどのペースで更新しますが、全10本以上になる予定ですのでマガジンで購読したほうがお得です。 冬の心 1,000円 1993年に日本で公開されたフランス映画『愛を弾く女』についてのマガジンです。同名のノベライズもこの映画の公開に合わせて出版されました。ノ… 購入手続きへ ログイン 2人が高評価 #小説家 #ヴァイオリン #フランス映画 #翻訳家 #ノベライズ #ピアノ三重奏曲 #愛を弾く女 #冬の心 #モーリス・ラベル 2 この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか? チップで応援