冬の心(その4)——ラショーム先生 2 高橋啓 2024年8月26日 14:09 ¥200 ラショーム先生が音楽院を退官し、パリのアパルトマンを引き払い、ヴェルサイユに近いサン=マルタンの森のなかに移り住んでから、もう七、八年になるだろうか。〔……〕 私は森の木々に囲まれたこの古い家を訪れるとほっとする。故郷に帰ったような気がする。アルデンヌの父や母はすでに亡くなっているから、もう帰郷することもなくなった。パリでのひとり暮らしには慣れているものの、年に何度か全身が乾ききったような感覚をおぼえる。そういうとき、私は車を飛ばし、この森にやってくる。鬱蒼とした緑、しっとり湿った空気の肌あい、樹木の、草の、土の匂い、吹きわたる風、すべてが私をなごませる。そして、マダム・アメの手料理。彼女の煮込み料理は絶品だ。林檎や苺のタルトもすばらしい。 場面は転換し、パリ中心部の少し光のくすんだアトリエや活気のあるレストランの内部から、鬱蒼とした森に包まれたラショーム先生の自宅へと移る。この場所を「ヴェルサイユに近いサン=マルタンの森」に設定した根拠は何かと問われると、もう明快には答えられない。考えられることはまず、ヴェルサイユという地名がシテ島と同じように、たとえフランスやパリに行ったことのない日本人にも馴染みのある地名だということがあるだろう。 ダウンロード copy ここから先は 2,263字 この記事のみ ¥ 200 購入手続きへ 有料マガジン ¥ 1,000 月に2本ほどのペースで更新しますが、全10本以上になる予定ですのでマガジンで購読したほうがお得です。 冬の心 1,000円 1993年に日本で公開されたフランス映画『愛を弾く女』についてのマガジンです。同名のノベライズもこの映画の公開に合わせて出版されました。ノ… 購入手続きへ ログイン 2人が高評価 #小説家 #ヴァイオリン #フランス映画 #翻訳家 #ノベライズ #ブイヨン #愛を弾く女 #冬の心 2 この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか? チップで応援