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適応障害で休職していた頃

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#休職

適応障害で休職していた頃⑭ - 楽しもう Ⅲ-

適応障害で休職していた頃⑭ - 楽しもう Ⅲ-

 休職中、早く復職しようと、結果を求めて頑張っていた(下記記事参照)。

 思い起こせば、社会人になってから、英語(独学、通学、通信)、ファイナンシャルプランナー試験、簿記検定等について、試験合格等の結果を求め頑張って勉強してきたが、結果が出なかったものが多くあった。

 最近、新庄剛志さんの著書「もう一度、プロ野球選手になる。」(2020年 株式会社ポプラ社)を読む機会があった。その著書の中に以

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適応障害で休職した過去を振り返って思う事 Ⅱ  -自分を大切に-

 休職中、早く復帰しよう、早く復帰しようと「頑張って」きた。

 例えば、体力をつけた方が良いと思い、水泳を始めた。だんだん泳げるようになると自信がついてきて、早く復帰するために「頑張る」ようになり、水泳をする頻度が多くなり、且つ、1回の泳ぐ距離が長くなっていった。その結果、疲れたり、腰を悪くしたり(泳ぎが自己流であることも要因)して、逆効果になることがあった。

 当時の私に言ってあげたい。

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適応障害で休職していた頃⑭ - 楽しもう   Ⅱ-

適応障害で休職していた頃⑭ - 楽しもう Ⅱ-

 最近、人から勧められて、バランス系のスポーツを始めた。
 そのスポーツをしている時には、それに集中できるから、他の事を考える余地はない状態。そして楽しんでいる。

 このような事を休職中に見つけていれば、少し緊張が解けて、休職を少し楽しめたかもしれない。比較はできないが、楽しめた方が自分の心身にとってプラスになったように思う。

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適応障害で休職していた頃⑭ - 楽しもう  Ⅰ-

適応障害で休職していた頃⑭ - 楽しもう Ⅰ-

 休職中に、一定期間休んだ後、何をするにも後ろめたさを感じ、心の底から楽しめなかった記憶がある。

 その時の私に言ってあげたい。

 少しでも多く心から楽しんだ方が、リラックスできて心身にとってプラスになるんだよ。仕事のプレッシャーで潰れたんだから、ショーもない気持ちはいらないよ。周りの目なんて気にしなくていいぞ。だって主治医に相談や報告してるんだから。
 お前の人生はお前しか進めることができな

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適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 Ⅶ-

適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 Ⅶ-

 自主的な通勤訓練を終えて、職場の通勤訓練が始まりました。

 いよいよ本番です!

 勤務時間帯以外の午前中に、職場があるビルのロビーで職場の人(1名)と面会して、通勤時の様子や体調等を5~10分程度話して終了。その後、徐々に面会時間を勤務時間帯に近づけていきました。
 
 職場の色々な人達と面会して、話しをする機会を作ってくれました。私が雰囲気に慣れるための配慮です。

 お会いした皆さん、笑

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適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 Ⅲ-

適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 Ⅲ-

 職場の最寄駅から少し離れた駅の最寄りにある図書館で、数時間過ごしました。何となくの職場で過ごす擬似体験として。
実施するのに大きな抵抗が無かった記憶があります。

 今考えれば、図書館訓練と併用してカフェという選択肢もあったかな。
図書館は眠たくなるから・・・。

                              <続く>

---------- 以下、

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適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 Ⅱ-

適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 Ⅱ-

 通勤時間帯以外で、職場の最寄駅のホームに降り、次の電車が来たら乗りました。通勤時間帯以外から、できるだけ通勤時間帯に徐々に近づけました。

 ホームに降りる事はできたのですが、降りた直後に早くここを脱出したい、次の電車が早く来ないかと、ドキドキしていたのを覚えています。

   こんな事でドキドキするの?と思われる方もいらっしゃると思いますが、本当にこんな感じでした。

            

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適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 Ⅰ-

適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 Ⅰ-

 通勤時間帯以外で、職場の最寄駅を電車に乗って通過しました。

 通勤時間帯以外であれば、職場の方々と会う確率が相当低く、これを実行するのに、大きな抵抗が無かった記憶があります。

                              <続く>

---------- 以下、補足です -----------
 3年近く休職後、通勤を開始するのは、本当に怖かった記憶が残っています。職場の正式な

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適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 序章-

適応障害で休職していた頃⑪ -通勤訓練 序章-

 3年近く休職後、通勤を開始するのは、本当に怖かった記憶が残っています。職場の正式な通勤訓練が始まる前に、私が個人的に実施した通勤訓練を紹介します。各々について無理のない範囲で慣れるまで行いました。
 
 もう6年以上も前の話ですので記憶が曖昧なところもありますが、お話していこうと思います。 

 それでははじまり、はじまり。                   
                

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適応障害で休職していた頃⑨ Ⅰ -主治医-

適応障害で休職していた頃⑨ Ⅰ -主治医-

 休職中・復職後の一定期間、同じ心療内科に通院していました。 

 休職中は、主治医からの指示で2~3週間毎に、通院していた記憶があります。たまに忘れた時もありましたが、ほぼ指示通り通院しました。
 診断をするのは主治医なので、指示通り受診することは大事なんだろうなーって思います。
 
 受診時には、私から、前回の受診からの間、どのように過ごしていたか、心身の状態がどうだったかについて説明をし、必

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適応障害で休職していた⑨   Ⅱ - 主治医 感謝 -

適応障害で休職していた⑨ Ⅱ - 主治医 感謝 -

 休職中・復職後の一定期間、同じ心療内科に通院していました。 

 主治医は、私の話を聞いてよく笑ってくれて、話しやすい雰囲気をつくってくれていました。
 
 心療内科への通院に抵抗があったのですが、最初に選んだ心療内科が通院しやすい主治医で、良いご縁だったなと今でも思っています。
 
 感謝。

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適応障害で休職していた頃⑦  Ⅱ -気づく-

適応障害で休職していた頃⑦ Ⅱ -気づく-

「適応障害で休職していた頃⑦」(下記参照)で
「休職していた頃、適応障害という病気が、血液検査やレントゲン検査のように、数値化又は視覚化する検査手法が確立し普及されれば、一般の方々にこの苦しみが少しは理解されやすいのかなと何度も思っていた」と記事にしました。

 このように考える背景は、私自身が適応障害に対して「他人から理解されていない」という認識をしていたからでした。もし自分が「適応障害は他の病

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適応障害で休職していた頃⑧ Ⅰ -自分を認める-

 休職中、「何で体が楽にならないんだー」「いつになったら楽になるんだ」等、何度も何度も自分に思っていました。

その時の自分に言ってあげたい。
「休職前から、他人と比較して、自分のできないところばかり見つけて、自分をいじめ続けてきたんだろう。それもあなただからいいけど、体がしんどい時くらい、自分が当たり前と思う事でもいいから自分がした事を認めてあげなよ。
 家の掃除をした時、散歩した時、洗濯物を干

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