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ネルノダイスキ 『ひょうひょう』 : 二次元オブジェの異様な世界
なんと評したら良いものか、なかなか悩ませてくれる作風である。
「面白い」というのは、間違いない。また、この作家の作風を評するに「シュール」という言葉は、ほとんど自動的に出てくるもので、決して間違いではないのだが、「面白い」にしろ「シュール」にしろ、それはあまりにありふれた形容でしかなく、この作家の「特殊性」を言い当てているとは、とうてい思えない。
まず、際立った特徴を挙げてみよう。
(1)主人公にあたるキャラクターは、その昔、匿名掲示板「2ちゃんねる」などで大活躍した、アスキーアートの猫キャラ「モナー」と酷似している、と言っても良いだろう。
人型のネコのようなキャラクターなのだが、モナーよりは立体的だとしても、極めてシンプルな線で描かれた、記号化されたキャラクターだ。
(2)一方、各話に登場する、メインとなる「モノ」や「生物」や「風景」などは、異様なまでの描き込みがなされていて「ガロ風」に「リアル」であり、主人公のシンプルさと、好対照をなしている。
また、それらの「リアルに描かれたモノ」は、たいがい「グロテスク」な印象が強く、どこか金属的な質感を持つ「バケモノ」的なものが多い。
(3)しかし、ストーリー自体は、意外にシンプルで、特に目新しいものは無い。言い換えれば、「既視」感は無くとも、「既読」感のあるようなお話が多い。
と、このようなことになるだろうか。
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(3)については、作者自身も認めているところで、意図してそのような物語を選んでいるようである。
『 この本に載っている漫画は「どんなジャンルの漫画なの?」と聞かれると、とても困ってしまう。実は、私自身もよくわかっていないというか。強いて言うならば、おとぎ話や昔話の類に属するものなのかもしれない。昔話というのは、よくよく読んでみるととても変で、人も運も狐もかかしもお地蔵様も栗も蜂も兎ももアリもキリギリスも日も木も花も山も海も川も太陽も月も神様も……。そこでは、ありとあらゆる生物/無生物が境目なく自由に交流する世界が繰り広げられている。内容も優しかったり、教訓的だったり、残酷だったり、おどろおどろしかったり、悲しかったり、笑えたりと、読み口も本当に多岐に渡っている。にもかかわらず「昔話」というジャンルにひとくくりにされているのが、とても不思議な感じがして、その奥深さというか受け口の広さに驚かされることばかり。そういった、おとぎ話や昔話の荒唐無稽にも見える自由さに多くの刺激を受けて漫画を描いてきた。』
(P226・「あとがき」より)
本作品集所収の短編「へのへのもへ」などは、古式ゆかしい「妖怪封印譚」とでも呼ぶべきもので、現代が舞台になっている以外は、「昔話」によくあるパターンの物語だ。
だが、その一方、そこに登場する妖怪「へのへのもへ」は、他の物語に登場する「グロテスクな生き物」とは真逆に、それこそ「へのへのもへの」の落書きのようにシンプルな、描き込みの少ない、のっぺりした造形だからこそ、巨大怪獣であるにもかかわらず、不思議なリアリティを醸し出している(もっとも、暴れだしてからは、グロテスクな姿を見せるが)。
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つまり、「へのへのもへ」が、ネルノガダイスキ的に当たり前な「グロテスクな怪物」だったなら、かえってその「存在感までが当たり前」になってしまい、つまらない作品になったであろうことは想像に難くなく、そのあたりを意図して、わざと「通常のパターン」をはずしたのだと、そう見るのが至当であろう。
なお、この「へのへのもへ」では、昔の特撮ドラマ『ウルトラマン』に登場した怪獣ガバドンが意識されていたであろうことは、まず疑いのないところ。ガバドンも、二次元の落書きが、三次元化した怪獣なのだ。
もしかすると「へのへのもへ」は、ガバドンへのオマージュ作品なのかも知れない。
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いずれにしろ、以上のような特性からわかるのは、作者は(1)と(2)のギャップを利用することで、意識的に「独自の世界」を生み出しているのであろう、ということだ。
「絵柄(タッチ)の不統一」ではなく、意図的な「絵柄(タッチ)のズラし」による「ギャップ」によって、作品世界にわざと「亀裂」を入れる。
そして、そのことで、あえて「まとまりのある世界」にはならないようにして、「アンバランス・ゾーン」的な「決着のつかない余韻」を生み出しているのである。
(1)と(2)のギャップということでは、私の場合、好きな漫画家である「panpanya」をすぐに思い出してしまうのだが、本書作者ネルノダイスキの場合は、もちろん、panpanyaとは、また方向性が違う。
panpanyaの場合は、主人公の女の子や、その友達、犬、魚、鳥などの「常連キャラクター」は、極めてシンプルな線で描かれており、その一方で、風景や「物体」的なモノは、いつでも手間の掛かった描き込みがなされている。
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つまり、こうした「キャラクターと舞台のギャップ」という点で両者は似ているものの、しかしpanpanyaの場合は「ギャップによる違和感」を醸成していると言うよりは、「舞台となる世界こそが主役であり、主人公を含むキャラクターは、世界の案内役(に過ぎないから存在感が薄い)」という感じなのである。
だから、両者は「形式」的には似ているところがあっても、「ねらい」においては違っている。
panpanyaの場合は、その描く「世界」に対して、作者自身がノスタルジーを持っているのだが、ネルノガダイスキの描く「世界」は、作者と距離を取った、もっと疎遠なものであり、しばしば敵対的なものであったりするのだ。
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ちなみに、作者のネルノガダイスキのプロフィールは、次のようなものである。
『絵画や立体作品の展示をやる傍ら2013年よりネルノダイスキ名義で漫画同人誌をつくり始める。2015年第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で同人誌「エソラゴト」が新人賞受賞。2017年第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で同人誌「であいがしら」が審査員推薦作品選出。以降も展示をしたり漫画を発表している。』
(Amazonの本書紹介ページより)
もともとこの人は「二次元と立体(三次元)」の両方が好きなアーティスト気質の人であり、「奇妙な作品(オブジェ)」を作ろうとする傾向の強い人なのではないか。
言い換えれば「物語創作には、あまり興味がない」ということだ。
そして、そのあたりで、「世界を物語る」人であるpanpanyaとは、作風に違いが出てくるのではないだろうか。
そう、ネルノダイスキの漫画は、「物語」と言うよりも、「二次元で表現されたオブジェ」だと考えればいい。それも「不安なオブジェ」。
だから、ぱっと見のインパクトが極めて強烈であるにもかかかわらず、読んでみると、意外に「物語の内容的には、おとなしい」と言うか、「まとも」な印象の強い作品が多いのである。
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ネルノガダイスキは、絵のインパクトを生かすために、故意にシンプルな物語を選んでいるのであろう。
物語は、あくまでも「料理を盛るための皿」のようなものであり、だからこそ、シンプルな物語、昔話のような、原型的で安定した形式の物語の方が好ましい、ということなのではないか。
大切なのは「ストーリー性」ではなく、イメージを盛る「形式」として、「物語」は採用されているのではないだろうか。
『ボールペンで描かれた緻密な線や点描に、きっと驚く! 対照的にシンプルに描かれたネコが織りなす不思議な世界へ。 コミティアで話題沸騰! 圧倒的な世界観。 ネルノダイスキにしか描けない漫画がある。ボールペンで描き上げたとは思えない、超緻密な点描。相対して、シンプルに描かれた飄々としたネコのキャラクター…。驚く・和む・好きになる! ! ! ピカピカの金属でできたようなプロダクト感のあるこだわりの装丁にも注目ください!』
(Amazonの本書紹介ページより)
本書の表紙に『ピカピカの金属』、見かけが「磨かれた鉄板」のような紙が使われているのは、ネルノガダイスキの、金属的な「オブジェ指向」を表現したものと見て良いだろう。
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ともあれ、好みの問題はあるにせよ、一見の価値のある、独自の世界観を持つ作家として、オススメしておきたい。
(2024年10月3日)
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