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日和聡子・金井田英津子 『瓦経』 : 頬をかすめた微風

書評:日和聡子()金井田英津子(挿絵)『瓦経』(岩波書店)

本書は、岩波書店が刊行していた叢書「Coffee Books」の1冊として刊行されたもので、挿絵に重点をおいた「絵本寄りの小説本」という感じの作りになっている。
カバーなしの46上製、100ページほどの薄い本だが、挿絵のないページも含めて全ページがカラー印刷のため、厚めの上質な紙が使用されている。絵本としては少々小ぶりなのだが、まあ大人向けの贅沢な挿絵本といった位置づけであろう。
ただし、造りが凝っている分、薄いわりには単価は1,500円前後で、印象としては少々高目。あまり売れなかったのか、5冊ほど刊行された「Coffee Books」は、すでにすべて品切れになっており、絶版と考えて良いだろう。私が「ブックオフオンライン」で入手した古本は、定価の半額以下の605円だったが、その本の裏表紙には「ゾッキ本」だったことをうかがわせる、ブックオフのものとは別の、「100円」のシールが貼られていた。神田あたりで積まれていた本なのかもしれない。

私が本書を贖ったのは、挿絵を担当している画家・金井田英津子のファンだからである。金井田の描く、ノスタルジックでありながら、うっすら異界感の漂う絵に惹かれて、彼女の「主著」と呼んでよいだろう、文豪たち(夏目漱石泉鏡花萩原朔太郎内田百閒井伏鱒二)とのコラボ「画本」(長崎出版パロル舎平凡社)については、すべて購読してすでにレビューも書いているので、残るは「それ以外」ということになる。つまり本書は、そうしたものの中の1冊という位置づけである。

そんなわけで、日和聡子の小説を読むのはこれが初めてなのだが、正直なところ、さほど期待していたわけではない。ただ、金井田の絵に合った世界を描いてくれていればいいな、という程度の期待だったわけだが、結果としては「まずまず」といったところだろうか。
流石に、文豪たちの代表的な短編に絵をつけた、上に紹介のシリーズ(仮に「文豪シリーズ」と呼ぼう)に比べてしまうと、いかにも食い足りなさは否めないのだが、つまらないと腐すほど悪くもない。
「文豪シリーズ」ほど濃厚な味わいはなく、「ふむ、なるほど」といった感じの、淡い味わいで、これはこれでそれなりに悪くはないという感じであった。

本作品集には、「摺墨」「掛軸」「裏白」「放生」「岬」「瓦経」の短編6本が収められていて、冒頭の「摺墨」などは、漱石や百閒の「夢」物語に酷似した作品で、ちょっと「寄せ過ぎ」だろうと感じたが、物語の締めくくりが、文豪のお二人よりもあっさりしている印象があって、そこが物足りなく感じられた。

(「摺墨」より)

しかし、後の作品を読んでいくと、むしろその点こそがこの人の特徴なのだとわかってくる。それまで語られてきた世界が、最後で、フッと消えてしまうような、淡い味わいなのだ。
「放生」のように伝承的な世界を描いたものがある一方、「岬」のような現代の物語もある。だが、共通しているのは、最後で、その物語世界が、フッと消えてしまうような感じである。きっちりと落として、その世界を自己完結させるという体のものではないのだ。

これは何だろうと考えてみると、多分、この作家にとっては、この世界とは、そうした「仮初のもの」という感覚があるのではないだろうかと、私にはそう感じられた。
幻想的な物語であっても、現実的な物語であっても、最後はどこか、この世界では完結できない、すべては消え去っていくものといった、哀しみを伴わない「はかなさ」のようなものを、作者は感じているようだし、そこが味わいどころなのでもあろう。

濃厚な物語を期待する向きには食い足りないということにもなるだろうが、たまにはこういうのも悪くはない。
少なくとも、本書に収められた日和聡子の短編は、スッと頬を撫でて通り過ぎていった風のような、そんな趣の作品だと評しても良いだろう。

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なお、肝心の金井田英津子の挿絵の方だが、こちらは「文豪シリーズ」で堪能させてくれた「版画風イラスト」が少な目で、少々物足りなかった。
作品の内容に合わせてではあろうが、当たり前に筆描きの「水墨画風」あるいは「水彩画」イラストが増えている。こちらも悪くはないけれども、特に良くもないので、私としてはかなり期待外れだったのだ。

もちろん、金井田は筆描きもできるし、内容に合わせてそちらを選ぶこともあるだろう。だが、そうした、らしくない絵は、「版画風イラスト」で名をあげた金井田の、「金井田ワールド」とでも呼ぶべきものを期待したファンを裏切る結果になっているということは、心得ておいてほしいと思う。
小説に合わせてタッチを変えるというのは、技巧的には可能なのだろうが、絵としてそれがベストかというと、当然、そうとは限らない。何を描いても金井田印というような作家性こそが求められることも、決して珍しくはないのである。



(2024年2月21日)

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