野崎まど 『タイタン』 : 〈仕事ぎらいな読者〉として言うと
書評:野崎まど『タイタン』(講談社)
帯に『今日も働く、人類へ』という惹句が踊る。思わず「24時間、戦わせる気か!」と、脊髄反射的に反発してしまう(古い人間なのだ、私は)。
カバー背面の内容紹介にも「《仕事》」などという強調された文字列があり、帯背面の書店員の推薦文にも「お仕事小説?」などとある。
これでは、どう見ても「仕事」をテーマにした作品であり、「仕事」が嫌いで、流行の「お仕事小説」なんてものには鼻も引っかけない私(趣味人なのだ、私は)としては、もうこれだけで決して読もうとはしなかったはずの作品なのだが、『SFマガジン』のレビューで大森望が褒めていたのを目にして、うっかり買ってしまった。
必ずしも大森と趣味が一致するわけではなく、大森が「新本格ミステリ」について推薦文を書いていた二十年ほど前(SF冬の時代)には、「信用できない推薦者」の一人に公然と認定していたにもかかわらず、しかしまあ、最新のSFには詳しくない当方としては、たくさん読んでいる大森の言葉に、つい動かされてしまったのだ(そのへん謙虚なのだ、私は)。
で、結論から言うと、かなり面白かった。
さすがはラノベ出身で、長編アニメ『HELLO WORLD』の脚本を担当した作家だけはあって、アニメ映画になってもハリウッド映画になっても全然不自然ではない、SFエンターティンメントに仕上がっている。
語り手の女性カウンセラーとAIの交情も、ときにホロリとさせて感動的だし、ハリウッド大作も斯くやという、ビジュアル的にスケールの大きなシーンもあれば、カーアクションシーンもある。無論、キャラクターも立っている。
一一しかし、私がいちばん評価したいのは、なぜAIが「うつ病」状の機能低下に陥ったのか、という「謎解き」についての、アクロバティックな解答である。
つまり、一種「本格ミステリ」めいた、結末でのドンデン返し。最後に、論理のアクロバット的な「解答」が用意されていたのだ。
で、その解答が、私の「仕事ぎらい」の説明にもなっていた。
なぜ、自分の「仕事」に対する「意欲」を失ってしまうのか。それは無論、その「仕事」に、相応の価値を見いだせないからである。
しかしまた、「価値が見いだせない」と言っても、その理由にもいろいろなパターンがある。単純に「誰にとっても、つまらない仕事」という場合もあれば、「個人的に、合わない仕事」という場合もある。それ以外のパターンもあって、本作の場合は、たぶん「それ以外のパターン」ということになろう。このパターンには、めったにお目にかかれないのだが、しかし、理屈としては通っており、そういう人も現にいるのは間違いないから、本作で描かれる「事件の真相」は、常識的な「推理」の間隙を見事に突いたものとして、高く評価できたのである。
ちなみに、私の「仕事ぎらい」は、人並みに努力すれば「誰にでもできる仕事」は「つまらない」と感じるところにあったようだ。私でなくてもやれるような仕事には「やり甲斐」を感じることができないので、そういう仕事は「ルーチン・ワーク」としか感じられず、「つまらない」ということになってしまったようだ。
「何を贅沢な」とご批判の向きもあろうが、しかしこれは「性分でんねん」としか言いようがない。生意気で贅沢な言い草だというのは百も承知しているけれど、そういう性格なんだから、しかたがない。
それに比べると、本作の主人公とも呼ぶべきAIは、とても謙虚で健気で「人間が出来ている」。
私のように「普通に、内容紹介をしたり、面白かったとか、そうでもなかったとか言ったような、そんなクソつまらないレビューなんか書きたくない。私が書くのなら、私にしか書けないことを書きたい」などという、生意気なことは考えない。
なぜなら彼は、多くの人々の期待に応えると同時に、彼にしかできない仕事までこなしてしまうという「きわめて器の大きなAI」なので、私みたいな自己中は、もとより不必要だったのである。
本作は、そんな小説だ。
初出:2020年7月6日「Amazonレビュー」
(2021年10月15日、管理者により削除)
○ ○ ○
○ ○ ○
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
○ ○ ○
○ ○ ○
・
・
・
・