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水木三甫の短編小説よりも短い作り話

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自著の超短編小説(ショート・ショート)をまとめました。 ユーモアあり、ブラックあり、ほのぼのあり、ホラーらしきものあり、童話らしきものあり、皮肉めいたものあり、オチのあるものあり…
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記事一覧

和歌の季節《超短編小説》

和歌の季節《超短編小説》

窓の外はすでに闇に包まれていた。
ガラス戸を叩く雨混じりの風が不協和音のように部屋を揺らす。
私は眠れぬままに、ベッドに上半身だけ起こして、真っ暗な夜の空気を吸い込む。その冷たさに心が挫けそうになり、ロウソクの炎を見つめる。
部屋を見渡すと、ロウソクの灯りが私の影をガラス戸に貼りつけている。
「あなたにとって一番大切な人は誰?」
自分の影に向かって私は尋ねる。
「上川和歌です」
影が答えた。
その

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なんでそんなことするの?《超短編小説》

なんでそんなことするの?《超短編小説》

自分の居場所が見つけたくて、僕は町を歩いていた。

昨日、彼女と別れた。彼女も僕の居場所じゃなかったから。彼女に「自分の居場所を探すから、別れよう」と言ったら
「なんでそんなことするの?」
彼女は聞いたが、僕は何も言わずに彼女に背を向けた。

向かいから歩いてきた、携帯電話を見ている若い男と、肩がぶつかった。
「何してるんだよ」と言われ、「ごめんなさい」と謝った。
「なんでそんなことするの?」

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神選《超短編小説》

神選《超短編小説》

私は町を歩いていた。町はサラリーマンや主婦、子供連れの家族で賑わっていた。いつもの日常がそこにはあった。

突然、空から手が伸びてきて、ある男を指差した。

指差された男だけでなく、まわりの人たちも気づいていないようだった。

私はその男に「指差されていますよ」と教えてあげようかと思った。しかし、それは何かしてはいけないことのような気がした。私はそのまま帰路に着いた。

夕方のニュースで、昼間私が

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眠りたい女《超短編小説》

眠りたい女《超短編小説》

生きているのに疲れて、寝ているときだけは苦しくなかったので、ずっと寝ていられればいいのにと思って、睡眠薬をたくさん飲んだ。
気づいたら病室のベッドに寝ていて、母親が枕元で涙を流して「なんで自殺しようとしたの?」って叫んでいて、私が不思議な顔をしたら、「あなたは睡眠薬をたくさん飲んで死のうとしたのよ」と言われてびっくりした。
私は自殺しようなんて思ってなかった。ただずっと眠っていたかっただけなのに。

記者会見《超短編小説》

記者会見《超短編小説》

記者会見が始まる。会場は熱気に包まれている。

しかし、いつもと雰囲気が違う。質問者が今か今かと待ち受けているところは変わらない。何が違うかというと、質問者がみな、過去に不倫が原因で芸能界から退場させられた人物たちだった。

そして、記者会見するのはテレビ局の報道局長。週刊文秋がこの報道局長の不倫を記事にしたのは1週間前の話。

「それでは記者会見を始めます」

司会者の言葉に、報道局長か頭を垂れ

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不忍池にて 1月

不忍池にて 1月

陽は輝き、風もない。

ボート乗り場手前にある自販機で温かいコーヒーを買う。120円は観光地としては良心的。缶コーヒー片手に空いているベンチを探し歩く。
やっと見つけたベンチに座り、コーヒーを一口飲む。日差しとコーヒーの温度差分だけ体が暖まる。

無というものが無として存在しているかのような青空を、二羽の小鳥が無に吸い込まれないように、羽ばたいている。

鳥たちの声がよく耳に響く。
桜の枝の先が濃

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白昼夢コスチューム《超短編小説》

白昼夢コスチューム《超短編小説》

電車に乗っていて、ふと気がつくと、まわりの乗客が老若男女、みんなアニメや映画の主人公や悪役の格好をしていた。

僕だけが普通の格好で恥ずかしくなり、寝た振りをした。

ちょっと記憶が薄れて、再び目を開くと、さっきまでコスプレしていた人たちが普通の格好に戻っていた。

どうやら夢を見ていたらしいお昼過ぎの出来事でした。

無縁塚(旅のエッセイ)

無縁塚(旅のエッセイ)

江戸時代に震災や大火、洪水、飢饉、疫病などで亡くなった身元不明者が埋葬された。川崎市と地元の方々が亡くなった人たちの供養のために塔を建て、無縁塚と名づけた。

誰も自分を知らない場所で死ななければならなかった無念、そして、その家族たちの苦悩はどれほどのものだったろう。

八丁畷駅前、旧東海道沿いにある無縁塚には花が絶えない。この日も新しい花が供えられていた。

今では東京から京都まで新幹線で簡単に

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ミライバシー法《超短編小説》

ミライバシー法《超短編小説》

珍しく若者が国会議事堂の前でデモ行進している姿が、テレビ画面に映された。占い禁止法案(通称ミライバシー法)なるものが国会に提出されたかららしい。法案の趣旨は個人には未来においてもプライバシーがあるのだから、占い師に未来という個人情報を覗かせてはならない、というような。

たかが占いごときと侮るなかれ。今やAIが占いの主流であり、占いが世界を動かし、情報大国は競ってこの分野に進出している。占いは人類

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首洗い井戸《超短編小説》

首洗い井戸《超短編小説》

怨みを晴らすためにお前を殺しにいくけれど
首を洗って待っていろなんて
そんなことは言わない
ただ静かに待つがいい
斬った首は私がしっかり
この聖らかな水で洗い清めてあげるから

柳橋芸者が屋形船で《エッセイ》

柳橋芸者が屋形船で《エッセイ》

浅草橋を隅田川に向かって歩くと、そこは台東区柳橋。江戸時代、新橋芸者と並び人気を博した柳橋芸者の町も、今や人通りは極端に減る。

神田川にかかる柳橋の袂には、釣り船屋であり、佃煮屋でもある小松屋が、昔ながらの姿で佇んでいる。

橋自体は新しくなってしまったが、橋から船を覗いてみると、芸者衆が三味線を弾き、踊る姿が目の前に現れてくるよう。

隅田川テラスを歩く機会があったら、ぜひ江戸時代へタイムスリ

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見返り美人(超短編小説)

見返り美人(超短編小説)

目が覚めると、そこは病院だった。

そうだ、俺は昨夜腹が捩れるように痛くなり、救急車を呼んだのだ。その後のことはほとんど覚えていない。痛みを堪えることしか考えられなかった。医者によると、昨日のうちに全身麻酔が射たれ、緊急手術が行われたらしい。

そして次の日、もう午後遅く、日も西に傾きかけていた。ドアにノックがあり、看護師が入ってきた。美人看護師だった。名札には桧原紗雪と書かれていた。

「具合は

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読書目標という縛り《エッセイ》

年初に立てた読書目標は240冊だった。月20冊。結果は232冊。達成率約96%、あと一息で目標達成だった。

トルストイの『戦争と平和』、パール・バックの『大地』を読まないで、薄い本を読んでいれば目標は達成できたのに・・・。

と考えてみて、「あれ、自分は何のために本を読んでいるのだろう」と思い当たる。

読みたい本を読む。その基本を忘れたら読書が義務になってしまう。営業成績ではないのだから100

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誰もいない町の片隅で(超短編小説)

誰もいない町の片隅で(超短編小説)

誰もいない町の片隅に木製のテレフォンボックスがある。
そのテレフォンボックスには1時間毎に電話がかかってくる。24時間、365日、休むことなく、1時間毎に電話がかかってくる。
電話のベルの音は5回と決まっている。誰が決めたのかはわからない。とにかく5回ベルが鳴ると電話は切れる。
今日もまた電話のベルが鳴っている。誰がかけてきた電話かわからない。
そもそもその電話を受ける人はこの町にはいない。