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【H】【用語理解】「資本主義」(1)—「頭金を出したやつが偉い主義」として

便利でよく使ってしまうが、その実、意味があやふやな「用語」について、「私はこのような意味で使う」ということを明確にする「用語理解」シリーズの二回目。今回は「資本主義」を取り扱う。


1、資本主義とは「頭金を出したやつが偉い主義」である

「資本主義」とは何か。それを一言でいえば、文字通り、「頭金を出したやつが偉い主義」である。

ポイントは「文字通り」というところにある。資本を英語でいえばcapitalであるが、頭に被るものがcapで、頭領がcaptainで、首都がcapitalで、首切り・絞首刑などの処刑がcapital punishmentであることからも分かるように、capitalとは「頭」であり、経済の文脈でいえば「頭金」である。

だから、資本主義とは、文字通り、頭金主義であり、もっといえば「頭金を出したやつが偉いという主義」なのである。

2、マルクスによる「資本=頭金」の定義を復習する

さて、これはどういう意味なのだろうか。まず「資本=頭金」については、マルクスの定義を参照するべきだろう。

私たちは何かモノを生産しており、それとは別のモノを欲しているとする。たとえば、私は砂糖を生産しているが、砂糖の他に塩が欲しいと思っている。塩を持っている人が砂糖を欲していれば、何の問題もない。私の砂糖をその人の塩と交換すればよい。だが、いつもそう上手くはいかないだろう。塩を持っている人が砂糖を欲していないことはありうる。

そこで必要なのが、誰もがそれと自分が持っているモノを交換したがるモノ、もっと正確にいうと、そういうモノだと思われているがゆえに実際に誰もがそれと自分が持っているモノを交換するモノ、つまり、「貨幣」である。

貨幣があれば、私は塩を手に入れられるか心配する必要はない。まずは塩を売って貨幣を得て、然るのち、その貨幣で砂糖を買えばいいのだ。貨幣は誰もが欲しがるモノであり、砂糖を持つ人も貨幣となら必ず交換してくれるだろう。

もちろん、この「モノとしての貨幣」といういわゆる「商品貨幣論」は時代遅れではあるのだが、そこには目を瞑ろう。ここでのポイントは、素朴な経済においての順序は「砂糖→貨幣→塩」、つまり、「自分が生産したモノ→貨幣→自分が欲しいモノ」であることである。

さて、「資本」は、「モノ→貨幣→モノ」という、この素朴な順序の見方を変えることによって生成する。もはや問題は、欲しいモノを手にいれるために、自分の作ったモノを貨幣に変えることではない。

いや、最初はそのつもりでもいいのだが、ポイントは、貨幣を手にしたところで立ち止まることだ。そこでいま欲しい特定のモノではなく、今後現れるであろう欲しいモノ一般へのアクセス権としての貨幣をもっと手に入れたいと考えるようになることだ。

そう考えるとき、貨幣はすでに「資本」になっている。

もっと多くの貨幣を得るためにどうするかといえば、私は貨幣をモノに交換する、それは、そのモノをより最初よりも多くの貨幣に交換するためだ。「モノ→貨幣→モノ」ではなく、「貨幣→モノ→もっと多い貨幣」、これが「資本」の根源的な定義だ。それはもっと大きなお金をつくるための「もとになるお金」、つまり、「頭金」なのである。

3、商業資本・金融資本・産業資本

さて、マルクスはこの資本を三つに分類している。それが商業資本・金融資本・産業資本である。

商業資本は要するに転売屋(商人)であり、先の「資本」の根源的な定義に忠実な資本である。転売屋はお金をモノに変え、そのモノをもっと高く売って利益を得る。そうして資本を増やす。

金融資本はもはやモノを通らない資本である。金融資本はお金を貸し出し、それを利子とともに回収することで資本を増やす。

産業資本は生産過程を掌握した資本である。商業資本のように単にモノを転売するのではない。工場を構え、原材料を買い、労働者を雇い、モノを作って、それを販売する。この過程で最初に投入した頭金よりも大きなお金を獲得する。そうして資本を増やす。

4、近代資本主義社会とその結果としての豊かな社会

さて、近代の資本主義社会とは、この産業資本が社会の生産過程の中枢を握った社会として定義できる。

それまでは家族経営の農業や少人数の職人集団が社会の生産を支えていた。それに代わって資本家が運営する工場が登場し、大多数の人々はそこに労働者として働きに出る。社会的に有益とされる財のますます多くの部分がこの形態で生産される社会が資本主義社会である。

この工場システムが圧倒的な生産性を誇ったことによって、近代社会はモノが溢れる豊かな社会へと変貌した。

それは第一には、アダム・スミスが明らかにしたような、多人数による分業が可能にする作業の徹底的な細分化と専門化の成果であり、また、それに引き続いて生じた産業革命、すなわち、作業の機械化の成果であった。この二つが一人の人間が生産できるモノの量、つまりは生産性を爆発的に高め、モノの豊かさを実現したのである。

それは第二には、最初は儲かる事業でもすぐに新規参入者が殺到して安売り競争になり利益が削られていくなか、十分な利益を獲得しようとすれば、常に革新を起こしたり改善を続けたりしなければならないという市場原理の容赦ない作用の成果でもあったのである。シュンペーターが論じた、資本主義社会におけるイノベーションの重要な作用である。

5、「頭金を出したやつが偉い主義」としての「資本主義」―その「批判」と「批判の批判」

さて、この資本主義社会においては「頭金を出したやつが偉い」とされている。というのも、頭金を出した資本家は、会社が出した利益を独占するだけではなく、会社自体の所有者でもあるからだ。

この後者の「会社の所有者」であることがもっとも顕著に現れるのが、会社の売却という場面である。それなりの会社が売却されるとき、その所有者である「(創業者=)資本家」は数億~数百億という莫大なお金を得る。それに対して、その会社で働く労働者は、何も起きなかったかのようにそれまでと同様に働き続けるだけである。

さて、マルクスが主に批判したのは前者の「利益の独占」だった。工場の稼働において、資本家は働かず、働くのはもっぱら労働者である。とすれば、利益の源泉は労働者なのではないか。

いや、最初に「頭金」を出したのは俺だ!と資本家は主張するかもしれない。確かにそれは認めるのだが、それはそんなに大きくなかったはずだ。小さく出発して利益を出し、その利益を再投資して工場や会社を大きくしていったのではないか。その利益の源泉は労働者である。だとしたら、会社の大部分は労働者の持ち物であるべきではないか…。

こうしてマルクスは、会社を「頭金を出したやつ」が独占的に所有する「資本(=頭金)主義」ではなく、それを「労働者=ほぼみんな=社会」で所有する「社会主義」、そしてその発展形と位置付けられる「共産主義」を主張したわけである。

この「共産主義」とはなんなのだろうか。基本的には資本主義や、それを引き継ぐ社会主義によって生産性が十分に高まることにより、モノに関する「希少性」が失われた世界だと考えればよいだろう。マルクスによれば「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」が共産主義の原則である。生産性が十分に高い世界では、必要な労働は少なく、供給されるモノは多い。だから人は能力に応じて自発的に働けば足り、必要なだけ受け取ればよい。モノは希少ではないのだから、分配についてうるさく議論する必要はないのだ。

さて、話をマルクスの資本主義批判に戻そう。このマルクスの批判をどう見るか?労働者が悲惨な状況にあったマルクスの時代ならいざ知らず、それに比べればだいぶマシな現代に生きる私には、これは一面的であると思われる。

第一に、資本家を創業者としてみれば、資本家は資本家で働いている。事業のアイディアを考え、頭金を用意し、創業までに数多くの準備をこなす。指示通りに動けばよい労働者とは違い、資本家はときには厳しい市場競争にさらされつつ、生き残るための方策を考案し、実行体制を整える。

第二に、資本家は労働者と違う大きくリスクを取っている。労働者は会社に行って指示に従えば所定の賃金を受け取れる。資本家は所得を保証されず、失敗すれば頭金を失うのみならず、場合によっては借金だけが残る。

第三に、資本家が革新を生み出す中心にいるという点を評価することも忘れてはならない。やはり資本家が独自のアイディアをもってする創業や、競争のなかで資本家が中心になって生みだす新しい施策によって、社会に新しい革新がもたらされるということも否定できないだろう。

このようにリスクをとって革新を生み出すべく働く資本家に高い報酬を与えることで、さまざまな革新に大きなインセンティブを与えることは一概に悪いとは思われないのだ。アダム・スミスが「神の見えざる手」という言葉で言わんとしたことだが、市場経済は各人の利己心を他者への貢献に繋げる仕組みだ。お金を稼ぎたいなら、他人にお金を払ってもらえるような、他人にとって役に立つことをしなさいというわけである。

とはいうものの、資本主義が現実の歴史経過において、マルクスが想定したように、ごく一部の裕福な資本家と大多数の困窮する労働者に分化していったのであれば、さすがに資本主義という「頭金を出したやつが全てを持っていく」システムは不公正であり、以上のような擁護論は意味をなさないだろう。

このことを踏まえ、次回以降は、なぜ20世紀中盤ごろに資本主義がいっときいくらかマトモになり、ここ数十年でなぜふたたびデタラメに戻りつつあるのか、そのあらましを述べた上で、資本主義と資本主義批判の今後を展望する。

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