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ゆらぎ

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たぶん教訓も筋もメッセージもなにもない、断片的な文章
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2021年7月の記事一覧

自作ラジオ 深夜 クラスメイト

自作ラジオ 深夜 クラスメイト

中学のころだった。Tが家に泊まりに来ていた。
「夜更かし」をするだけのことに、何かいけないことをしているような、あるいは、大人になった自分たちを感じるような、そんな気分の年頃だった。

その日も当然のことのように夜遅くまで起きていた。
僕らの間で流行りの遊びと言えば、オリジナルのラジオ番組をカセットテープに吹き込んで作る、というものだった。

お互いがラジオdjになりすまし、フリートークを展開。ま

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雲 記憶 夕暮れ

雲 記憶 夕暮れ

これを言ったところで涼しくなるわけでもないのに、「暑いね」を連発する夏がいよいよ盛っている。
濃いブルーをバックに、入道雲がもくもくと高い。
雲の濃淡を見てみれば、白、黄、灰、紺、紫が複雑に絡み合いながら調和を守りつつ、上空の気流に乗って流れていく。

小学生の頃、国語の授業で「くじら雲」が出てくる作品があった。
タイトルはくじら雲だったかどうか定かではないが、教科書に載っている挿絵が好きだったこ

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温泉 

温泉 

そこは地元の田舎町の温泉で、入浴料が150円と言う破格だった。
しかも、循環湯ではなく源泉かけ流しである。

昭和の時代からそのまま現代にコピペしたかのような出立ちの建物。
外壁にはカビだかシミだか水垢だか、よくわからない汚れがあちこちに見られるが、それさえ「味」にしてしまう風情である。

横開きのすりガラス戸をガラガラガラと開くと、すぐ目の前に現れる番台で、おばあちゃんに150円を渡す。
「ごゆ

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霊堂 祖母 祖父

霊堂 祖母 祖父

ミーンミーンミーンミー…
油蝉だろうか。
霊堂の裏にある雑木林からは、途切れることのないセミの声が、響き渡っていた。
それに応えるようにして、砂利を踏む足音が小気味の良いリズムを刻む。コールアンドレスポンス  アット 霊堂。

入り口を前に左手に行くと、朱に塗られた手水龍があった。
所々、塗料が剥がれていたり、経年の劣化のため緑色に変色していたり、年中日影になる胴体の一部にはコケが生えたりしていた

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昼休憩 並木通り スケッチ

昼休憩 並木通り スケッチ

12時ぴったり。昼休憩の時間になるとタッパーに詰め込んできた炒飯を、12時5分には平げてそのままバイト先の社屋を飛び出す。歩いてすぐ、近所の並木道沿いにあるベンチで午後の勤務開始時間ギリギリまで昼寝をするのが、当時の僕の楽しみの1つだった。

歩道に植樹されているのは、ソメイヨシノであり春になると満開の花びらが作るピンク色の影に包まれて、まどろみ過ごした。2度の春をその場所で過ごしたが、つまり、バ

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砂浜 韓国

砂浜 韓国

7月というのに砂浜には僕ら以外、ほとんど人の姿が無かった。カンカン照りの太陽の下に開いた薄緑色の日傘の影が、砂の凹凸の上でヒダを作っている。
時折吹いてくる海風は、爽やかというより湿気のために重く肌をなぶるようで、これでは次から次に噴き出す汗も乾きそうにない。

砂浜の向こうへ視線を滑らせていくと、断崖とよぶに相応しい、小高い丘がそびえている。その肌は岩なのか、硬い土なのかわからないが、容赦なく照

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車、雑草、サンダル、2人組の女の子

車、雑草、サンダル、2人組の女の子

夕方の散歩に出かけてくる、と嫁さんに伝えて玄関のドアを開く。肌に感じる外の空気はお世辞にも「気持ちいい」と言えるものではなく、もったりと重厚な湿気をはらんで、ぬるいゼリーのように体にまとわりつく。

マンションの階段を一階まで下りる。すぐ目の前の、国道だか県道だか知らないが、いつだって交通量の多い通りが、相変わらず信号待ちの車列で埋まっている。
車に関する知識が全く無い僕にとって、世の中の車は大き

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ビールとポテトチップスと床のこと

ビールとポテトチップスと床のこと

畳の上に寝そべってビールを飲みながらポテトチップをたまにつまむ。嫁さんが好きなのり塩味である。
夕食の時に使っていた箸で、チップを挟んで口に運ぶ。油で手が汚れないのでそうしているだけだが、嫁さんからは「みっともないからやめて」と何度も言われている。
毎日飲むでも食べるでもないビールとお菓子だが、数日に一度夕飯後に過ごすこの時間、「ぜいたくだな」などと言ってみたくもなる。

毎日、働いてお金を稼いで

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アトリエの窓辺にて

アトリエの窓辺にて

アトリエの窓辺に腰掛けてタバコを吸い吸い、Yが僕に言う
「今度、僕の作った器に絵を描いてみてよ。僕は絵が苦手で何年やってもうまくならいんだ、あはは」
手巻きタバコをいかにも「職人の手」といった風情の人差し指がポンポンと叩くと、灰皿にポトっと音も立てずに灰が落ちた。

「あー、楽しそうですねそれ。やってみたいです」
「おー、ほんとにやってくれる?そしたらさぁ、絵の具はさぁ…」
と、陶芸家が読む専門誌

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知らない街を車で走っている

知らない街を車で走っている

車を走らせて2時間ほどで、隣県の市街地に差しかかった。
「この辺は高い建物がないから、空が広くていいね」
と、助手席のKに言うと
「うちらのとこだってそんなに無いじゃん」
と、返ってきた。

確かに、東京や大阪のそれに比べれば僕らの街にも高い建物は少ない。
それでも、今車を走らせている街並みを見れば、普段過ごしている自分たちの生活圏よりも、高い建物が少ないのは一目瞭然だ。
と言っても、そんなことを

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生きることそれ自体が畑をやることに近いな

生きることそれ自体が畑をやることに近いな

夜明け前、港の駐車場に入っていくと、薄緑色の軽自動車が1番奥のスペースに停まっているのが見えた。
「お、もう先に着いてるな」
と1人合点した僕は、その隣に駐車する。
早朝の空気は、この時期と言えども肌に清々しく、なんなら半袖一枚だとすこし心もとないくらい。

後部座席から取り出した釣り竿を左手、右手にはセブンイレブンの100円コーヒー、といった構えで堤防へと続くハシゴを登る。
100メートルほど先

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その昔、冒険に出た人がいたって言うじゃないの

その昔、冒険に出た人がいたって言うじゃないの

視界を囲む水平線を遠目に「地球って本当に丸いってのがなんとなくわかるよね」と、Yは言った。
銀色、鉛色、黄色、白銀色、大きく広げられた青をバックに、もくもくと雨水を孕んだ雲が鯨のように横切っていく。

僕ら以外ほとんど誰もいないビーチ。少し離れたところにいるひと組の家族連れは、いかにもアウトドア慣れしてる人が持っていそうなガスコンロで、これまたいかにもアウトドア慣れしてる人が持っていそうな鍋で料理

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じゃなくて、ある風景に美を見出す自分がいるだけ

じゃなくて、ある風景に美を見出す自分がいるだけ

だいたい毎朝4時半にスマホのアラームが鳴る前にもう目が覚めている。
保険で5時に鳴るようにかけているアラームのお世話になったことが、記憶にないのでもはやかける必要がないかもしれない。

目覚めたて台所でコップ一杯の水を飲んでから、日課の絵に取りかかる。モーニングルーティンというやつ。
早朝の町の孕む静けさが好きだ。交通量の多い通り沿いのマンションに住んでいるが、この時間帯は行き交う車も人もいない。

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信号待ち

信号待ち

信号待ちの時間に見上げた空は、西の方からゆっくりと宵に暮れ染めている。
体の隅々に行き渡る1日分の疲労と、手に下げたスーパーのビニール袋。中にはプレミアムモルツの500ミリ缶が2本。
「ちょっと贅沢なビールです」、いつだったかテレビCMのコピーでそう言われていた缶ビール。今も同じコピーなんだろうか。

同じ時間に家を出て仕事して、同じ時間に帰路につくサイクルを街行く人々も生きているのだろうか。そう

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