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その昔、冒険に出た人がいたって言うじゃないの

視界を囲む水平線を遠目に「地球って本当に丸いってのがなんとなくわかるよね」と、Yは言った。
銀色、鉛色、黄色、白銀色、大きく広げられた青をバックに、もくもくと雨水を孕んだ雲が鯨のように横切っていく。

僕ら以外ほとんど誰もいないビーチ。少し離れたところにいるひと組の家族連れは、いかにもアウトドア慣れしてる人が持っていそうなガスコンロで、これまたいかにもアウトドア慣れしてる人が持っていそうな鍋で料理を、いかにもアウトドア慣れしているファッションで作っている最中だ。
時折吹く南風が、美味しい匂いをこちらまで運んでくるのにそう時間はかからなかった。

「水着、持ってくればよかったなぁ」ボソッとY。
元々泳ぐ予定でいた僕は、そのまま海に飛び込めるように短パンの中はノーパンで、汚れても問題ないTシャツという出立でやってきた。
と言うか、そもそも「海に行こう」と落ち合った時点でそういうものだと勝手に泳ぐものと決め込んでいた僕からすれば、泳げる格好で来なかったYに対して、「??」の眼差しを向けることになる。

サンダル越しにも、太陽で熱せられた浜の砂の温度を足の裏に感じながら、銀色に光を跳ねる低い波の隙間に向かって突進する。 
水際の波に洗われて、砂の色が鼠色に変わったタイミングで走る体勢は崩さずに、勢いよくサンダルを脱ぎ捨てる。

ぽちゃん。
痩せた体が海面に作った波紋は、豪快と呼ぶには程遠いものであったが、波紋の中心にいる僕は「我、夏の覇者なり」と、ほかに誰も入っていない海を独り占めしたかように得意気だった。
水の温度がほとんど体脂肪のない体に染み入って、そのまま骨と内蔵に伝わるようだったが、この気温の中にあってそれは心地よい響きのようでもあった。

ぷはーと、水面に顔を出して息を吐く。悠々と空を渡る入道雲の作る影が、鼻梁を淡いブルーに染める。
ふと、ビーチを見やると視界の奥で米粒大になったYが、休憩所の影でいわゆる「体育座り」の姿勢でこちらを見ている。

「おーい」。大きな一声と同時に、右手を大きく振って見せると、同じジェスチャーがYから帰ってきた。
せめて、足くらい海に浸かったらいいのにな。余計なお節介のようなことを、一瞬頭の中に考えたが、今度はくるっと水平線の方に向きを変えてみる。

まだ海の向こうに何があるのか誰も知らない時代に、「おっしゃ、船作ってオレが見てくるわ!」と勇気を振り絞ったのか、生来の狂気の持ち主なのか知らないけれど、そうやって冒険に飛び出した人のことに少しだけ思いを馳せてみる。僕には無理。

今日の海は静かだ。水面もほとんど立っていない。ほかに泳いでいる人もいない。青と、白と、断崖の緑と、浜のベージュと。Y、足くらい浸かったらどうかな?

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