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霊堂 祖母 祖父

ミーンミーンミーンミー…
油蝉だろうか。
霊堂の裏にある雑木林からは、途切れることのないセミの声が、響き渡っていた。
それに応えるようにして、砂利を踏む足音が小気味の良いリズムを刻む。コールアンドレスポンス  アット 霊堂。

入り口を前に左手に行くと、朱に塗られた手水龍があった。
所々、塗料が剥がれていたり、経年の劣化のため緑色に変色していたり、年中日影になる胴体の一部にはコケが生えたりしていた。


龍の口から流れ落ちる水が、汲み上げた柄杓の内側で空を反射した。それを束の間見てみた後で手を洗い、口をすすぐと、祖母の背中に続いて入口へと続く15段ほどの階段を駆け上った。

扉を境に、空気が明らかに変わるのを肌で感じた。外の蒸し暑さが嘘のように中は涼しい。
開け放たれた窓や扉から吹き抜けていく風と、建物の床が地面から幾分離れた高さにある設計によるものだろうか。
ふぅと一息つくと、ハンカチを持たない僕は、額の汗を手の甲でぬぐった。

母方の先祖が眠る墓前に着くと、お供えの水を替えるために、湯呑み茶碗をもって水道へ向かう。
勝手口のような、建物の裏手にある扉を開けたところに、それはあった。
茶碗をよくすすいでから水を入れ替えるのだが、田舎の水道の水は真夏でも冷たく感じられた。

湯呑み茶碗を持って墓前にもどると、一緒に来ていた祖母は、お供物のリンゴやお菓子を取り替えたり、布巾で拭き掃除をしているところだった。

「ひろきが来てくれたぞーって、じいちゃんが喜んでくれてるよ」
そう言った祖母は、どうしてだか自分も嬉しそうだった。  

「ねぇ、ばあちゃん。そのお菓子持って帰るなら食べていい?」
と、子供の僕はお供えの役目を終えたお菓子にありつくことを考えたりしていた。
賞味期限でも確認していたのだろう、パッケージをひとしきり見たあとで祖母は
「うん。よかよ」
と優しく答えた。

線香の煙はくゆり、その香りが漂う中手を合わせる。
目を閉じて
「じいちゃん。ばあちゃんが元気でいられるように見守っててください」
と、幼いながらになかなか気の利いたことを、亡き祖父に語りかけていたと記憶している。

墓参りを済ませて、外へ出ると影に慣れた目に陽光が沁みるようだった。
帽子のツバを掴んで目深にかぶると、祖母と2人の帰り道を歩き出した。

僕が生まれて7年後に祖父は旅立った。
当たり前だが祖父との記憶は、僕が7歳以前のものということになる。

下駄の音、ハイライトのたばこ、でこに乗せためがね、すててこ、オールバックの髪型、つば広の麦わら帽子、アイスクリーム、大きいオナラ、オーバーサイズのジャケット、冗談話。
僕の中で30年間消えない、祖父のシンボルとはそういうものたちだ。

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