信号待ち
信号待ちの時間に見上げた空は、西の方からゆっくりと宵に暮れ染めている。
体の隅々に行き渡る1日分の疲労と、手に下げたスーパーのビニール袋。中にはプレミアムモルツの500ミリ缶が2本。
「ちょっと贅沢なビールです」、いつだったかテレビCMのコピーでそう言われていた缶ビール。今も同じコピーなんだろうか。
同じ時間に家を出て仕事して、同じ時間に帰路につくサイクルを街行く人々も生きているのだろうか。そういう人もいれば、そうじゃない人もきっといる。答えの分かりきった、いや、分かるわけもない不毛な疑問を自分に投げた後で、我に帰る。
横断歩道の手前に立ちながら、目の前を右へ左へ横切っていく車列を見るともなく見ながら、次々と耳に潜り込んでくるエンジン音を聞くともなく聞いてみる。
子供の頃、夏になると当時まだ生きていた祖父母の家に、遊びに出かけた。
祖父母の家が好きだった理由はいくつかあるが、その中の1つに冷凍庫に必ずアイスクリームが常備されていること、があった。なんとも間抜けな理由ではある。
孫を喜ばせようと、祖父が意気揚々近所のスーパーででも買い込んでいたのだろう。抹茶のシャーベット、白熊、バニラアイス、袋入りのいちごのかき氷、いつ行っても冷凍庫の中はよりどりみどりのアイスクリームが、所狭しと敷き詰まっていた。
祖父の思惑どおりにアイスクリームくらいで有頂天になれた幼い自分が、今となっては呆れるほどにバカらしく、切なくなるほど眩しい。
縁側の床にそのまま座って、カップアイスを買うと付いてくる木製の小さなスプーンでバニラアイスを口へ運ぶ。
見たまんまのバニラアイスは、想像を裏切ることのないそのまんまのバニラ味。あまりにもそのまんまで、それが嬉しい。なぜなら、バニラアイスを食べたかったのだから。
テレビの天気予報が告げる夕立のおそれに、庭から響いてくる蝉の鳴き声が相まって、この上なく凡庸な夏の風景がそこにはあった。
7月初旬。初夏というには熟れていて、盛りというにはまだ若い夏の帰り道。
首をかすめていく生ぬるい風を感じながら、家に着くまでの時間に袋の中のビールがぬるくならないかと、気がかりになっている。
思い出と呼ぶほどのものでもない、過去の情景がフッと湧き上がっては、弾けるように消える。信号が青に変わる。
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