知らない街を車で走っている
車を走らせて2時間ほどで、隣県の市街地に差しかかった。
「この辺は高い建物がないから、空が広くていいね」
と、助手席のKに言うと
「うちらのとこだってそんなに無いじゃん」
と、返ってきた。
確かに、東京や大阪のそれに比べれば僕らの街にも高い建物は少ない。
それでも、今車を走らせている街並みを見れば、普段過ごしている自分たちの生活圏よりも、高い建物が少ないのは一目瞭然だ。
と言っても、そんなことを言い出しても仕方がないので、
「そうだね」
とだけ返して、目的地へと向かう。
国道を行き交う車のナンバーに記された、いつもは目にしない土地の名前が目につく。
些細なことだけれど、別天地にやって来た実感は案外そういうものがもたらしたりする。
前も、その横も、対向車も、皆一様にこの土地のナンバーがつけられている。
目的地である美術館への道のりの途中にある、目当てにしていたうどん屋に立ち寄ったが、あいにくの定休日だった。
そこのうどんをとても楽しみにしていたKに、明らかな落胆の色が見える。
僕にとってこういうことは日常茶飯事。
僕の休日に合わせたように、目当ての店や施設が定休日ならまだしも、臨時のお休みを取っていることさえ、これまでにも数えきれないほどあった。
家からママチャリを漕いで2時間の道のり、やっとの思いでたどり着いた「古民家園」も、年に一度の保守点検作業で臨時休園。
2時間半かけて車で行った現代アートの美術館も、悪天候による臨時休館。
どうしても食べたかったラーメンが、行く先々4店舗連続で定休や臨時の休み。
「めちゃくちゃ、臨時ぶつけて来ますやん」
と、敷地の外で何度も立ち尽くした経験がふと頭をよぎった。
上空にある濃いグレーの厚ぼったい雲が、今にも大粒の雨を落としそうな様子だった。
美術館への道のりを、カーナビを頼りに進む。知らない土地の五叉路ほど、僕らを混乱の渦に落とし込むもを僕は知らない。
この日も、地元民なら慣れっこだろうが、外来者からすれば「いや、どの信号みればええねん」状態の5叉路に出くわす。
斜め左、斜め右、それぞれに信号があったが、ボケっと運転していたら従うべき信号を見間違えそうな距離に立っていて、一瞬肝を冷やしてしまった。
10年前に経験した「池袋5叉路、取り締まりの悲劇」を思い出したがこれはまた別の話である。
珍道中と呼ぶほど、物珍しいことは起きないが、だと言って日常の気安さでハンドルを握っていれば、意外なトラブルに見舞われそうな気配が漂っている、知らない土地でのドライブ。
美術館はもうすぐそこ。
隣のKがボソッとつぶやく。
「車降りる頃、たぶん大雨だね…」
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