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生きることそれ自体が畑をやることに近いな

夜明け前、港の駐車場に入っていくと、薄緑色の軽自動車が1番奥のスペースに停まっているのが見えた。
「お、もう先に着いてるな」
と1人合点した僕は、その隣に駐車する。
早朝の空気は、この時期と言えども肌に清々しく、なんなら半袖一枚だとすこし心もとないくらい。

後部座席から取り出した釣り竿を左手、右手にはセブンイレブンの100円コーヒー、といった構えで堤防へと続くハシゴを登る。
100メートルほど先、堤防の突端にある灯台の下に、明け方の空が紫紺に染め上げた人影がひとつ動いた。

そこに向かって歩いていくと、その人影もこちらに近づいてくる。顔はまだハッキリとわからない距離ではあるが、全身のシルエットでGであることを確信した僕は「おうい!」と、コーヒーを持つ右手で、頭上に弧を描いた。
向こうも向こうで右手を上げる。

「やっぱ早起きするといいことあるね。ご褒美だよ完全に」
と言ったGと僕は、東の方角を見ている。
「こうやって見てみると、蛍光ペンで描いたみたいな色もあるんだな」

明け方の空が織りなす、色とりどりのグラデーション。ピンク、薄紫、紺、オレンジ、さまざまな光が、刹那に与えられた持ち場でそれぞれに揺らぎ光っている。
逆光に、体を透かす雲の一陣も、どんぶらこどんぶらことグラデーションの縫い目を流れていく。
湾を渡るフェリーの赤い灯が、昼には見えなくなる星の運命を辿るように、最後の赤を海面に投げている。

「今日はどうかねぇ」
「いやー、なんか釣れそうな気がするよ。なんか釣れそうな。」
「気だけは、いつもしてるよな」
と、釣り糸を海に向かって垂らし始めた僕らだった。

風が強い。Gの髪の毛も逆立って見える。びょうびょうと耳に語りかけてくる風の声は、僕に、昔サッカーの試合ででかけた冬のグランドを思い出させるが、これはまた別の話だ。
風の強さに加えて、潮の流れも早いのだろう、海に投げ入れたジグが海底まで届く気配を、手元に感じない。

リールをまきまき、一向に魚のかかる気配のないお互いの釣り竿。
獲物を待つ間に、お互いの近況や最近の身の上ばなしに花が咲く。
「最近、自然農法ってのに興味があってちょっと勉強してるんだ」
そこからGが聞かせてくれた土の中にいる菌類や、畑で収穫できる野菜の話。

僕は畑をやらないしやる予定もないが、Gのはなしを聞いていると、生きることそれ自体がある意味畑をやることに近いな、と胸の内で感じていた。毎日美味しい自分を栽培するようにして、健康的に生きる。
葉っぱの影にたくさんの自分の顔が、トマトのように実っている映像が一瞬頭をよぎったが、「いや、これは違うな」と直ぐにその映像をシャットダウンした。

2時間後、釣果ゼロで僕らは帰路についた。

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