見出し画像

アトリエの窓辺にて

アトリエの窓辺に腰掛けてタバコを吸い吸い、Yが僕に言う
「今度、僕の作った器に絵を描いてみてよ。僕は絵が苦手で何年やってもうまくならいんだ、あはは」
手巻きタバコをいかにも「職人の手」といった風情の人差し指がポンポンと叩くと、灰皿にポトっと音も立てずに灰が落ちた。

「あー、楽しそうですねそれ。やってみたいです」
「おー、ほんとにやってくれる?そしたらさぁ、絵の具はさぁ…」
と、陶芸家が読む専門誌のようなものを、戸棚から引っ張ってくると、絵付けに使う絵の具の簡単な説明が始まった。

ところで、自分の専門分野の話になると、口調が変わる人を見たことはないだろうか。
仕事の話になった瞬間に、さっきまで使いもしなかった敬語になる人や、楽器を持つと何故かタメ口になるバンドマンとか。
あれ、なんなん?急にどした?となる。

それはさて置き、Yはそっちのパターンに当てはまらず、いたっていつものYのままで、陶芸における色付けに必要な道具や、器を釜で焼く前後の絵の具の発色の違いについて聞かせてくれた。アトリエの中に綺麗に並べられた完成品や、これから薬を塗る行程を待つ皿やカップの類。それらを一つ一つ見せて、「この絵の具は、焼いたらこんな感じの赤になるんだよね」
など、実際に見せてくれた後で、
「もうね、大体そんな感じなんだよね。ざっくりでも、それなりにいい感じになると思うよ」

僕は「大体」とか「おおむね」とか「ざっくり」と言った大雑把であいまいな形容詞が大好きだ。
自分の生き方そのものが大雑把であり、だいたいの人間の悩みなんてものは、もっと大雑把になれさえすればほとんど解決できるんじゃないか、と密かに考えていたりする。
Yにも同じ雰囲気を感じて、共に過ごす時間はいつも気楽でくつろいだものになる。

アトリエの窓のすぐ外に置かれた、テーブルの上にはこれから器になる赤土の塊が「でん」と置いてある。
日除けが作る濃いブルーの影の下で、瞑想でもしているかのようにただ静かだ。さっき水を混ぜたばかりだというそれの表面からは、目を凝らせば蒸発する水蒸気が見えてきそうでもある。

土塊の褐色の肌を見ていると、たまにYouTubeで見るアフリカ大陸の野生動物たちが脳裏に浮かんだ。今この瞬間アフリカは夜だろうか?夜中だろうか?それとも…。

田舎にある古い一戸建て。そこはとある陶芸家のアトリエであるが、夏の日差しを避けて置かれた土塊の静けさは、アフリカへさえ通じている。
それにしても、暑い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?