批評と幸せな自己啓発 1
本気の発信を迷う時、
僕は2つの方向性に分けられている自分がいます。
1つは批評家や社会活動家としての自分。
もう1つは日和見主義気味な、
自己啓発やビジネスの世界に惹かれている自分。
1つ目の批評家や社会活動家としての自分について。
僕は20歳の頃に夏目漱石の『こころ』を読み、
読書が好きになりました。
初めは文学から入り、人文・社会科学系の本を読むようになり、やがて柄谷行人さんの本に衝撃を受け、
批評系の本を読むようになりました。
本を読むようになる前から好きだった漫画やロックミュージックなども社会批評的な側面はありました。
また、
物心ついた頃から理不尽なことが嫌いだったし、世の中のあり方に疑問を持っていたので、
きっと僕は批評意識が強かったのだと思います。
そんな批評意識が強い僕が16年前、
主に就労に困難を感じている人たちが利用する就労支援機関を訪れたからこそ、
その就労支援機関での対応や支援事業のあり方に疑問を持ち、「ひきこもり」の問題に強く関心を持ったのだと思います。
そして、批評意識に基づいた社会活動にも、
とても強く惹かれています。
一方で僕は、
30代に入ってから、
自己啓発書やビジネス書を読むようになりました。
中谷彰宏さん、千田琢哉さん、斎藤一人さん、本田健さん、心屋仁之助さん、椎原宗さんなど、
比較的優しく、かつ本質的な言葉で書かれた日本の作家の方々に、多大な影響を受けてきました。
11、2年前、
30代前半の頃、
とてつもない寂しさや絶望感、死にたいという気持ちが晴れないでいる時、
もし、千田琢哉さんの『何となく20代を過ごしてしまった人が30代で変わるための100の言葉』という本のタイトルに出会わなかったら、
もし、中谷彰宏さんのPHP文庫から出ている大きな文字と優しい言葉で書かれた沢山の箴言集がなかったら、
もし、真剣過ぎる余り緊張して力が入り過ぎてしまう僕の心をゆるましてくれる心屋仁之助さんの『Beトレ』がなかったら、
僕はここまで生きてこれなかったでしょう...。
そのくらい自己啓発やビジネス書も、
僕にとっては大きな存在です。
批評家や社会活動家としての自分と、
自己啓発やビジネスの世界に惹かれる自分。
その2つの世界が、同時に僕の中にあります。
自分が伝えたいと思っていることを発信する際、
自分の経験や問題意識を発信する際、
この2つの間で揺れ動いてしまうゆえに、
発信を躊躇いがちになります。
本当に本気で自分が問題だと思っていることを発信したら、きっと、ビジネスの世界ではやっていきづらくなってしまうのではないかという懸念があります。
例えばデモに参加していた人が内定を取り消されてしまうなどのように。
実際に自己啓発やビジネスの発信をしている人たちは、皆が問題だと思っていることは問題だと指摘しても、ソクラテスやニーチェやスピノザやコペルニクスなどの思想家たちや、実名で問題意識を発信しているひきこもり当事者のようには、批評的なことは発信していない、と思います。
僕はコーチングを学んできましたが、
基本的にはコーチという方々も平和的で波風立たないような発信をして広報活動をしています。
そのように、本当に本気で批評的な発信をすると、
ビジネスやビジネスの前提となる、この社会で信頼を得ながら生活する、ということが難しくなってしまう...。そのことを恐れて、思うように発信できずにいます。
実際にその2つを両立させている人を僕は知りません。
もしかしたら批評的なことを言ったり、
マイノリティーに属する人がそれらを売りにしてビジネスでも成功している例はあるかもしれませんが、
発信自体がクリティカルなものというよりは、
時代の波に乗っている場合がほとんどだと思います。
こんな風なことを書いていること自体が正に批評的で、やはり、僕は本当に書きたいものを書いたり発したいことを発信すると、自然に批評的になってしまうなと改めて思いました。