一陽

私が書き起こしたこれまでのテクスト、これから書き起こすであろうテクストを、ここに置いて…

一陽

私が書き起こしたこれまでのテクスト、これから書き起こすであろうテクストを、ここに置いていこうと思う。 人の目に触れようこともあるのかも知れない。触れなくともそれはそれでよい。唯、私がこの現世(うつしよ)を生きたというわずかな証となれば.. performer

記事一覧

焦燥の扉

焦燥の扉    大地を沸騰させるような、激烈なる夏の陽光に射られ、石灰質の橋梁の下を歩み続ける男がいた。  蒼白な男の顔からは、無為なる時の流れへの、重くけだる…

一陽
3年前
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七月の老人(物言わぬ人)

七月の老人(物言わぬ人) 七月の蒼穹 静かなる村にひびく 優しき渡り鳥の歌声 遠い南の国の出来事を語る 鳥たちの囀りに そっと耳を傾ける 老爺 柔かな風は 木漏れ日…

一陽
3年前

浮遊する男

浮遊する男    大都会の大きなカフェに座っていた。  もうどれほど其処に座っているのだろうか。自分を取り巻く風景も、街路を忙しく行き交う人々も、彼の網膜には曖昧…

一陽
3年前
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解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」

解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」 ”Sûrréalisme_Automatisme(自動筆記)による詩作の試み 「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」…

一陽
3年前
4

寡黙なる隊列

   寡黙なる隊列  浮遊する都市の影を  白髪の少年達が追う     高く掲げた両の手に  天空からこぼれ落ちる  時の雫を受け止め   駆けのぼる摩天楼の屋上から…

一陽
3年前
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ピアノ

ピアノ  街のはずれに、その建物はあった。人影が絶えて久しい、古ぼけた石の館は、その外壁をすっかり野生の蔦に覆われ、まるで人が近付くのを拒むかのように、ひっそり…

一陽
3年前
4

混沌あるいは崩壊 ⑶  死

死 緑の草原が森へと連なる丁度その境目に、赤瓦を葺いた小さな丸太小屋が、家畜小屋と並んで建っていた。  小屋の後の森を棲家とする鳥たちは、東の空が漸く白みかける…

一陽
3年前
1

オテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム 2/2

愛しきパリの想い出 Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 2/2 (Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2 より続く)  「晴れた日には、ノートル・ダム寺院の裏手の公園に出…

一陽
3年前
4

オテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム 1/2

愛しきパリの想い出 Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2  大通りの喧騒から隔離された裏通り、rue des grands Degrés の静寂の中に、ひっそりと佇む 、古びた小…

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3年前
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混沌あるいは崩壊 ⑵  水

水 地の底深く、誰も足を踏み入れたことのない闇の洞窟に、男の魂は導かれ、透明な肉体を石灰岩の台座に横たえる。  ゆっくりとしかし正確な間合いをおいて、洞窟の天井…

一陽
3年前
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混沌あるいは崩壊 ⑴   人

 人  街中の道路に面した大きなカフェに座って、男は先ほどからあたりを眺めるでもなく、人々の陰影を曖昧な視線で追っていた。  多くの人々が彼の前を通り過ぎて行く…

一陽
3年前
2

1970年代の散文8 椅子の空白

椅子の空白    白壁に向かう椅子の空白に、耳をそばだてる日々が、幾日となく続く。  部屋を飛び交う魚達の口許に滴る蒼黒い血は、えぐり出された私の心臓から流れ出…

一陽
3年前
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1970年代の散文7 風

風 生誕の喜びにも似た、蒼い風の一吹きが、貴女のガラスの胸をそっと撫で、 木立のざわめきの中に姿を消す。    ひとひらの羽の舞いに、語りかける言葉は踊り、 地上へ…

一陽
3年前
1

予感

予感 生ある者が語るべきことではないのかも知れない。 だが何の脈絡もなく、「うつし世から去ってしまおうか」と云う衝動にかられるのは、己の身勝手からなのであろうか…

一陽
3年前
2

1970年代の散文6  逃亡者

逃亡者 薄暗い部屋で、病に侵されたこの身が息絶えるのを、私は喜びと感じなければなるまい。 何故なら息することの悲哀は、死することへの怖れよりも、はるかに耐え難い…

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3年前
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1970年代の散文5  陰の棲息

陰の棲息   充分に満ちた        純白に           流れる血を受け止め  華やかな      沈黙に         誰ひとりとして疑いを抱かぬ  …

一陽
3年前
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焦燥の扉

焦燥の扉

焦燥の扉
 

 大地を沸騰させるような、激烈なる夏の陽光に射られ、石灰質の橋梁の下を歩み続ける男がいた。

 蒼白な男の顔からは、無為なる時の流れへの、重くけだるい憂愁の想いを読みとることができた。白霧の中を漂うような、不明瞭なる生への絶望と、悪寒を伴う対象のない怒りは、男の脆弱な内蔵をえぐり、起立していることさえ危ういものとしていた。

 湿った土塀を木の槌で打つような鈍く低い音が、男の体内に

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七月の老人(物言わぬ人)

七月の老人(物言わぬ人)

七月の老人(物言わぬ人)

七月の蒼穹

静かなる村にひびく
優しき渡り鳥の歌声

遠い南の国の出来事を語る
鳥たちの囀りに
そっと耳を傾ける 老爺

柔かな風は
木漏れ日を揺らし

甘く涼しげな香りが
肌を撫でる


喜びや哀しみ
ときめきや落胆・・・



夢と現に彷徨う
彼の人の

時を照らし続けた
燭台の灯が

今 静寂の中に
消えゆこうとしている

高台の鐘は
遠き国へ旅立つ男の魂を讃え

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浮遊する男

浮遊する男

浮遊する男
 
 大都会の大きなカフェに座っていた。

 もうどれほど其処に座っているのだろうか。自分を取り巻く風景も、街路を忙しく行き交う人々も、彼の網膜には曖昧な陰影としてしか、映し出されてはいなかった。

 意識は其処に無かった。何かまとまりのない想いが頭の中をグルグルと駆け回り、自分自身を、なにやらはっきりとしない、頼りなげなものとしてしか感じられていなかった。

 男は、断片化された時間

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解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」

解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」

解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」

”Sûrréalisme_Automatisme(自動筆記)による詩作の試み 「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」
”

1970年の秋日

あの日私は確かに旅立とうとしていたのか?

新宿風月堂の2階の椅子に私は座っていた
そこが私の数少ない安堵の場所であった
ウエイターが運んできた薄いコーヒーを口に含みながら、私は逡巡していた

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寡黙なる隊列

寡黙なる隊列

 

 寡黙なる隊列

 浮遊する都市の影を
 白髪の少年達が追う 
 
 高く掲げた両の手に
 天空からこぼれ落ちる
 時の雫を受け止め 
 駆けのぼる摩天楼の屋上から
 砂嵐の谷へと身を投げる 

 無情なる黄灰色の霧に覆われた
 (basalt)玄武岩の峡谷には 
 生臭い息を吐く
 獣達が群れ成し 
 福音の衣を纏った 
 少年達の隊列に襲いかかる 

 古の大地を駆け抜けて来た巨大な風は

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ピアノ

ピアノ

ピアノ

 街のはずれに、その建物はあった。人影が絶えて久しい、古ぼけた石の館は、その外壁をすっかり野生の蔦に覆われ、まるで人が近付くのを拒むかのように、ひっそりと其処に建っていた。
赤く錆びついた分厚い鉄の門扉には、荘厳なバラのレリーフがほどこされ、かつての住人の威光をかいま見ることができるのであった。

 柔らかな陽射しに包まれた、春の日のある朝、男はその門の前に佇み、館から漏れ聞こえる透明な

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混沌あるいは崩壊 ⑶    死

混沌あるいは崩壊 ⑶  死

死 緑の草原が森へと連なる丁度その境目に、赤瓦を葺いた小さな丸太小屋が、家畜小屋と並んで建っていた。
 小屋の後の森を棲家とする鳥たちは、東の空が漸く白みかける頃から目覚めの唄を歌い出す。

 この小屋にもう幾十年も一人で暮らす男は、彼らの歌声で毎朝目を覚ますことに、この上もない幸せを感じていた。まるでヴィヴァルディのLe Quattro Stagioni の La Primavera 2楽章

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オテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム  2/2

オテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム 2/2

愛しきパリの想い出

Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 2/2
(Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2 より続く)

 「晴れた日には、ノートル・ダム寺院の裏手の公園に出かけ、ベンチに腰掛けて本を読んだり、セーヌの川沿いの古本屋をひやかしながら、ゆっくりと散歩をします。いえ、晴れた日ばかりではありません。雨の日も私はセーヌの川沿いを散歩し

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オテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム  1/2

オテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム 1/2

愛しきパリの想い出

Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2

 大通りの喧騒から隔離された裏通り、rue des grands Degrés の静寂の中に、ひっそりと佇む 、古びた小さなホテルがある。レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム、このホテルの2階の窓を開け放ち、私は道を隔てた小さなカフェに座る犬を連れた女性を、先程からずっと見つめ続けている。

 白地に

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混沌あるいは崩壊 ⑵  水

混沌あるいは崩壊 ⑵  水

水 地の底深く、誰も足を踏み入れたことのない闇の洞窟に、男の魂は導かれ、透明な肉体を石灰岩の台座に横たえる。

 ゆっくりとしかし正確な間合いをおいて、洞窟の天井からぶる下がる石灰柱を伝わり、ごく小さな水滴はしたたり落ちる。
 もう幾万年という年月の間、この小さな水滴は、まるで水琴のような、えもいわれぬ心地よき音を、あたりに響かせ続けてきたのであった。

 男の透明な肉体と魂は、安らぎの中に浸る。

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混沌あるいは崩壊 ⑴   人

混沌あるいは崩壊 ⑴   人

 人
 街中の道路に面した大きなカフェに座って、男は先ほどからあたりを眺めるでもなく、人々の陰影を曖昧な視線で追っていた。

 多くの人々が彼の前を通り過ぎて行く。
 颯爽と胸を張って歩く若者。
 せかせかと忙しそうに歩くサラリーマン。
 悩みでもあるのだろうか、うつむき加減に背を丸めて通り過ぎる中年男。
 ぴったりと体をくっつけて、自分たちの世界にひたりきって歩く男女。
 自転車に荷物をいっぱい

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1970年代の散文8  椅子の空白

1970年代の散文8 椅子の空白

椅子の空白

 

 白壁に向かう椅子の空白に、耳をそばだてる日々が、幾日となく続く。
 部屋を飛び交う魚達の口許に滴る蒼黒い血は、えぐり出された私の心臓から流れ出たものだ。

終日陽は輝くことを拒み、腐臭漂う闇が私を包む。

ひび割れた眼球から伸びる針金は螺旋を描き、荒れすさむ海の彼方、沈みゆく難破船のマストに絡みつき、かすかなうなり声を上げる。

 人食い鮫の歯ぎしりは乙女の華麗な涙を誘い、

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1970年代の散文7 風

1970年代の散文7 風



生誕の喜びにも似た、蒼い風の一吹きが、貴女のガラスの胸をそっと撫で、
木立のざわめきの中に姿を消す。 
 
ひとひらの羽の舞いに、語りかける言葉は踊り、
地上へ緑の影を投げかける。

私の歩む路のかなたに貴女はたたずみ、草原からもれ聞こえるオルガンの音に抱かれる。

時の叫びは、ある時は悲しく、ある時は優しく、私たちを取りまいていく。

さあ、樫の木の椅子にお座り、柔らかな若草を敷いて。

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予感

予感

予感

生ある者が語るべきことではないのかも知れない。

だが何の脈絡もなく、「うつし世から去ってしまおうか」と云う衝動にかられるのは、己の身勝手からなのであろうか。
はたまた思いもかけずここまで永らえてきたこの身を、この先どう処するかと云う自らへの問いに対する、空しきひとつの解なのであろうか。

この世から滅する事が恐怖なわけではない。
永らえる事が不安なのだ。

ここで私は、自ら意を持って踏み

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1970年代の散文6  逃亡者

1970年代の散文6  逃亡者

逃亡者

薄暗い部屋で、病に侵されたこの身が息絶えるのを、私は喜びと感じなければなるまい。
何故なら息することの悲哀は、死することへの怖れよりも、はるかに耐え難いものであるから。

 晴れやかな娘たちの笑い声に、私は思わず耳をふさぐ。
私には眩しすぎるのだ。

 暗闇の中で、薄汚れた白壁に向かう日々が幾日となく続く。
 虚ろに開かれた私の眼には、追憶と悔恨しかもはや映らない。

「未来という言葉に

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1970年代の散文5  陰の棲息

1970年代の散文5  陰の棲息


陰の棲息
 

充分に満ちた
       純白に
          流れる血を受け止め
 華やかな
     沈黙に
        誰ひとりとして疑いを抱かぬ
 事実に
    踏みにじられ
          離れる空を
               弄び
 焦燥は
    地獄の
       喜びに
          触れようと
               人々を
       

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