解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」
解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」
”Sûrréalisme_Automatisme(自動筆記)による詩作の試み 「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」 ”
1970年の秋日
あの日私は確かに旅立とうとしていたのか?
新宿風月堂の2階の椅子に私は座っていた
そこが私の数少ない安堵の場所であった
ウエイターが運んできた薄いコーヒーを口に含みながら、私は逡巡していたのであろう
カバンの中から取り出した小振りの薬瓶の中身を、コーヒーの皿に全て空け
暫くの間ながめていたのだ
何かを決意したわけではなっかった
ただなんとなく手が皿に撒き散らかされた白い錠剤に伸び、一粒づつ摘まんでは口へと運んだのだった
隣に座る友人は、不安げに私を見つめていた
一瓶全てを飲み下しても旅立つには不充分だと知っていたのか
それともこのまま旅立ってしまっても良いと思っていたのか
記憶は定かではない
暫くして私は息苦しさを感じ、椅子から立ち上がり
いささかおぼつかぬ足取りで階下に降りた
店の扉を押して外に出ると、陽の光に目がくらみ、よろよろとした足取りで歩き始めた
友人は私を気遣い、私を支えるように腕を取って一緒に歩いてくれた
何を話したかなど覚えているはずもない
ただ空しき言葉を並べたのであろう
やがて御苑までやってくると
私はよろめくように苑内の芝地に横になって眠ってしまったようだった
それからの記憶はほとんどない
御苑からタクシーで自宅まで友人に送られたこと
支えられるようにしてベッドまでたどり着いてそのまま眠りについたこと
それらが微かに私の記憶の皿に残っていた
目が覚めた時は、3日が過ぎていた
三日三晩一度も目覚めずに眠り続けたらしい
友人も家人もきっと随分と心配したのであろう
だがそのことについては私に何も尋ねるでもなく、触れようとはしなかった
目覚めても本当に目覚めたか疑わしいような日が更に幾日か続いた
混乱する頭の中で、あの日友人に対して無礼な振る舞いをしたのではないかと不安になり
迷惑をかけたことを謝罪し、何か失礼なことをしなかったかと尋ねた
友人は「何か難しいことを一人で喋っていたけど、私には紳士的に振舞っていたわよ」と微笑みながら答えてくれたのだった
更に友人は私への切ない気持ちを吐露した
だが私は混乱の海の中に溺れ、その想いに応える言葉を紡ぎ出すことが出来なかったのだ
そんな折、私は脳内の異なる回路からおびただしい言葉が噴き出してくるのを感じ
カイエの上にペンを走らせたのだった
それはまるでSûrréalismeのAutomatisme(自動筆記)による詩作の試みのようなものであった
私の意識下にあったロゴスが闇の中から顔を出すような感覚に私は浸った
2021/à Tokyo 一陽 Ichiyoh