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オテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム 1/2

愛しきパリの想い出

Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2


 大通りの喧騒から隔離された裏通り、rue des grands Degrés の静寂の中に、ひっそりと佇む 、古びた小さなホテルがある。レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム、このホテルの2階の窓を開け放ち、私は道を隔てた小さなカフェに座る犬を連れた女性を、先程からずっと見つめ続けている。

 白地に、小さなピンクの花柄を散りばめたワンピースを身に纏い、透き通るような腕を、すっかりあらわにしたその女性の甘美な魅力に、私の心は年甲斐もなくときめいていた。
 小さな丸テーブルに広げた、少しベージュがかった紙の上に、彼女はペンを走らせていた。時折何かを考えるかのように小首をかしげ、目の前を通り過ぎる人々に視線を投げかけながら、輝く表情で何かを書き綴っている。
 ワイングラスにグリーンのペリエの小瓶から水を注ぎ、グラスの底からわずかに立ちのぼる気泡を眺め、また何かを思い出したかのように、続きを書き始める。

 何を書いているのだろうか、日記か?いや日記ならノートに書くはずだ。そう、あれはきっと手紙だ。それも、私宛の手紙に違いない。
 彼女は私のことを知っているのだ。それだけではない。私がここから彼女を眺めていることを、もうずっと前から気づいていたのかも知れない。二階へ向かって、大きな声で私の名を呼ぶのは、はばかられる。だからああして、私宛の手紙を書いているのだ。
 
 それにしても、私は彼女とどこで知り合ったのだろうか。私が以前よく足を運んだ、リシュリュー通りの劇場でだろうか。それとも、早朝の散歩の折りであったろうか。ブランシュ通りの、マルシェでの買い物の時であったのだろうか。いや違う、マルセイユへ旅した時のTGVの中で出逢ったのだろうか。
 なんということだ、あんなに魅力的な女性との出逢いを忘れてしまうなんて。
早く思い出さなくては。
 名前は何であったのだろう。シルヴィ?イザベル?マリー?フランソワーズ?アニー?どれも違う。皆、歌や映画に出てくる名前ばかりじゃないか。ひょっとしたら、名前は名乗らなかったのかもしれない。そんなことはよくあることだ。
 それより、彼女についての何か他の手がかりを探さなくては。

 そうだ、彼女はこの近くに住んでいるに違いない。犬を連れて散歩の途中のようだ。そこで私を見つけて、ああして向かいのカフェで手紙を書いている。そうに違いない。

 セーヌ川に面した古いアパルトマンの3emeエタージュが彼女の住まいだ。
 広いサロンには、グランドピアノが置かれている。18世紀のイギリス調アンティーク家具が、上品に配置されたSalle à mangerには、レースのクロスがかかったテーブルの上に、リモージュの白磁のコーヒーカップが並んでいる。
 きっとよくパーティーが開かれるのだろう。彼女のピアノの演奏に耳を傾けながら、集った人々は優雅なひとときを過ごすのだ。
彼女が奏でるのは、ドビュシー、いやプーランクのソナタなんかも良いかもしれない。
 私たちはそこで出会ったはずなのだが.......ああ、よく思い出せない.......。
 彼女とは、何を語り合ったのだろうか。音楽のこと?いや、現代絵画についてであったか? バレエ、演劇、オペラ、ポエム.....いろいろなことを語り合ったはずなのに、どうして何も覚えていないのだ。
 まぁ、思い出せないのは仕方のないことだ。それよりも、曖昧な私の記憶の彼方に、確かに彼女が居るということの方が重要なのだ。

 「私は彼女と以前どこかで出会った」
この事実は揺るぎのないもののはずだ。だからこそ、今、彼女はああして私宛の手紙を書いているのだ。
 今日、どこかで私を見かけた彼女は、私の後を追ったに違いない。だが声をかける間もなく、私はこのホテルの中に入ってしまった。私がここに泊まっていることを確認した彼女は、この宿の真向かいのカフェに腰をおろし、私宛の手紙を書き始めたのだ。

 書き出しはこうだ。
「突然お手紙をお出しする不躾をお許しください。この手紙をお受け取りになって、さぞかしあなたは驚かれることと思います。でも今日、あなたをこの近くでお見かけして、思わずあと追いかけ、ホテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダムにお入りになるのを見届けました。きっと、こちらのホテルに、滞在なさっていらっしゃるのですね。直接そちらにお伺いして、お会いしてもよかったのですが、それではあまりに失礼と思い、お手紙をしたためることにしました」

 彼女の細やかな心遣いが伝わってくる書き出しだ。

「あなたは私のことをご存じないかもしれません。いえ、だからといって、私があなたを今日初めてお見かけしたわけではないのです。一度、私はあなたとほんの少しではありましたが、言葉を交わしたことがあります。きっとお忘れになっていることでしょうね。
もう何年か前の事なのですから、それもたった一度きりのことでしたから。
でも私にとって、あなたとの出逢いは、衝撃的なものでした。
あれは3月半ばを過ぎた、雨の降る日でした。春とはいえ、まだ肌寒く、雲が重く垂れこめたパリの昼下がりだったことを覚えています。
あなたはカーキ色の薄手のコートを羽織り、オルセー美術館のゴッホの肖像画の前に立っていらっしゃいました。長い縮れた髪を後ろ束ね、口ひげとあごひげを蓄えたその面差しは、まるであなたの前のゴッホそのもののようでした。
 私はその時、何か不思議なものを見ているような気分になっていたのです。ゴッホが、その絵の中から抜け出してきたかのような錯覚に陥っていたのです。
 失礼なこととは知りながら、思わずあなたとゴッホの肖像画をジロジロと見比べていました。
あなたが怪訝そうなお顔をして、私をご覧になったので、慌てて取り繕うように声をおかけしたのです。
 『ボンジュール ムッシュ。絵描きさんでいらっしゃいますか?』
と、なんとも陳腐な質問をしてしまい、自分でも何をしゃべっているのだろうと、少し取り乱してしまったのです。でもあなたは、こんな私の質問にも、やさしく応えて下さいました。
『ボンジュール マドモアゼル。いいえ、私は画家ではありません。アクターなんですよ。』と。
『ごめんなさい、あなたがまるでその絵から抜け出してきたような雰囲気だったもので、きっと絵をお描きになっていらっしゃるものだと、思い込んでしまったのです。本当におかしなことを聞いてごめんなさい』
『え?! 私がこの絵の人物に似ているとおっしゃるのですか? 光栄ですね。ゴッホに似ているなんて言われて。』
あなたは少しはにかんだ様子でおっしゃったのを、今でもよく覚えています。
あなたにはお連れの方がいらっしゃったので、それ以上の言葉を交わすことはありませんでした。
別れ際に『Au revoir Mademoiselle 』とおっしゃって、優しい笑顔で、私に手を振ってくださったあなたを、何かドキドキするような気持ちで見送ったのです。
 あの時の出来事を、昨日のように思い出すことができます。あの時、私はもっとあなたとお話がしたかった。」
 
 そうだ思い出した。ゴッホだ。ゴッホの肖像画の前で、彼女に声をかけられたのだ。あの時、私は友人に、件の画の前で写真を撮ってもらっていたのだ。その写真は今、自宅の寝室のタンスの上に飾ってある。
 確かに肖像画と似ているのかもしれない。どことなく不安げな彼の表情は、精神のカオスの中で身悶えていた当時の私の表情と、何か共通するものがあったのかもしれない。
 それにしても、私はあの時、彼女の名前すら訊いていなかった。お互いに名乗り合ったわけでもない。彼女から絵描きかと尋ねられ、アクターだと応えただけの間柄だ。私はすっかり彼女のことなど忘れていた。記憶のほんの片隅に眠っていた出来事だ。でもそれが、今はっきりと蘇ってきた。
 美しい女性だった。今の彼女と少しも変わりがない。華奢で、可憐なマドモアゼルだった。慎み深く、しかし何か一途な思いを心に秘めた女性だった。

 ピアニスト、やはり、彼女はピアニストに違いない。
 ピアニスト マドモアゼル A ?
 そうだ、今度こそ彼女の名前を聞かなくては。

 「あの日以来、私はあなたを忘れることができませんでした。いつもいつもあなたのことを想い、街を歩くときはまた何処かでお会いできるのではないかと、往き交う人々の中にあなたを探し求めました。
 自分のアパルトマンに戻ってピアノに向かい、サティーのジムノペディを奏でるとき、あなたの優しく響きのある声が聞こえ、目を閉じるとあなたの面差しが瞼の裏に浮かんで来るのです。私の胸は叶わぬ想いに重く塞ぎ、苦しさと切なさに身を震わせ、溢れる涙をどうにも押しとどめることができませんでした。
 おかしな娘だとお思いでしょう。でも、それほどにあなたとの出会いは、私に衝撃を与えたのです。
 あれから幾年が経ったでしょう。あなたはきっと、ご自分のお国へお戻りになってしまって、もう二度と会えないのかもしれないと、近頃ようやく諦めかけていたところでした。
 この想いを心の奥に封じ込めてしまうことは、私にとって、自分自身を陽の届かぬ地下倉庫の闇の中に、押し込めてしまうようなものです。
 でも神は、お見捨てにはなられなかった。
 いえ、こんなところで神など持ち出してはいけないのでしょう。私は普段、神など少しも信じたことがないのですから。
 でも、今日のこの偶然は、奇跡としか言いようがないものです。セーヌのほとりを、いつものように愛犬のルルを連れて散歩をしていたのです。川面を眺めながら、いろいろなことに想いを巡らせ、ふと、前を歩く男性が通りを渡る姿に目を留めました。
 信じられませんでした、それがあなただったのですから。
 誰にこの喜びを、そして感謝の気持ちを伝えたらよいのでしょう。
 私は、はやる気持ちを抑えながら、あなたの後を追いました。

 ごめんなさい、又私の身勝手な暴走が始まってしまったみたいです。
 でもちょっとだけ、私の気持ちを想像してみて下さい。本当に永い間、この時を待ち続けてきたのですから。私の興奮が如何許りのものか、お分りいただけるでしょうか。
 今私は、一生懸命気持ちを落ち着かせて、この手紙を書いています。それでも沸き立つ心を押しとどめることが出来ません。
 あなたのお目にかかりたい。お目にかかってお話がしたい。あなたのその柔らかな声で、この身が包み込まれたい」

 嗚呼、見かけはあんなに慎ましやかな女性でも、これほどまでに激しい心を持っていたとは。


「少し私のことを、お話ししますね。私はセーヌ川に面したアパルトマンに、このルルと一緒に住んでいます。窓からは、ノートル・ダム寺院がよく見えますのよ。」

 パリのノートル・ダム寺院、思い出深い場所だ。若かりし頃、週末になると、よく友人たちを誘って出かけたものだ。ミサに参加するためではない。夕刻から催される、オルガンの演奏会を聴きに行くのが目的だった。
 凍えそうに寒い冬の夜には、暖かな寺院の中で聴くオルガンの調べは、格別の贈り物だ。祭壇の近くの赤い絨毯の上に腰掛けて、石の館に響き渡る荘厳な調べに、私たちは酔いしれた。
 建物の外の厳しい寒さとは裏腹に、柔らかな温もりでこの身を包んでくれる寺院の中は、まるで母体の中に抱かれているような心地だった。
 オルガンの音は頭上から降るように鳴り響き、人々の心は柔らかに慰撫され、見知らぬ隣人とですら心を通いあわせ、優しく抱擁しあうことができるような気持ちにさせられた。
 20代前半の頃だ。
 シルヴィー、フロランス、スザンヌ、ミシェル、リチャード、彼らとはいつも一緒だった。私たちは、身を寄せ合うようにして、オルガンの音に聴き入った。貧しかった私たちは、ひと時、その妙なる調べに空腹さえ満たされる思いであった。今でも当時のことを想い出すと、胸が一杯になる。

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Hôtel Les Degrés de Notre-Dame  オテル レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム 2/2 に続く

2021/à Tokyo 一陽 Ichiyoh

Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 2/2


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