昨日の続き。第15回お茶の水緩和ケアカンファレンスで玉置妙優氏が「スピリチュアルペインには、答えがない」と断言されたのは、なぜか? それは、人は、わからない問題に「答えを求めて苦しむ」から。ケアする側もされる側も「答えがない」と知り、「治らない病気」とどう向き合うかがカギになる。
先日参加した第15回お茶の水緩和ケアカンファレンスウェビナー。 真の意味で多様性を重視し、決して物事を断定しない玉置妙優氏だが、「スピリチュアルケア再考」セミナーの中で、 「スピリチュアルペインには、答えがない」 と言い切られた。 なぜか? 続きは明日のつぶやきで。
先日、仕事場である業務をやって欲しいと言われ「はい」と答えたが 少し無理のある業務内容だなと思ったので管理者に「その業務内容に何か特別の理由があるんですか?」と質問しました。その後その業務は管理者がして、私はやらないことになった。やるにしてもやらないにしても理由をくれ!
答えはない。だから考えたほうが良いことシリーズ。 ストレスは良くないという考え。ストレスは不調などの原因になるが、ストレスをためないように気を配るとそこでまたストレスがたまる。結局できることは何もない。という考えもある。根本的にストレスが良くないという考えを変えたら少し良くなった
答えのない問いだから そんなことを論じても 始まらないということはありません。 答えがないに決まってるにもかかわらず そのような問いを人々が飽きずに立て続けるのは 「答えを得る」ことではなく、 「それについて考える」ことが 知的に生産的であるということが 知られているからです。
答えはない、なぜなぜだらけの日々こそが人生 中学生に自我に目覚めて以来、いつかすっきり答えが出るんだと思って生きてきた。けど、いますでに25年も経っていたよ。 答えがないから生きていけるのかな…
答えはない。だから考えたほうが良いことシリーズ。 家事の何割あなたですか? 夫いわく”3割” 妻いわくそれは”1割”