育児とはなにか 育児とは「家事+子育て」のことであると思う 世のお父さんお母さんに、この考えを頭の片隅に入れてもらいたい 片方のみでは、体や精神に限界がくる その結果、僕の母は病気になった これが原因でなくても、子に尊敬されなくなるだろう
本当に「書きたいことを書く」しかしてないから最近文体に情緒不安定さしかない件。僕は楽しいから良いんだけど、やっぱり統一感があった方が読みやすいのかな。あと、どんな文体が読み手・書き手双方にとって良いのか……しっくりくるところを模索中。どなたかアイデアください。
毎晩「もうちょい早く寝られる身体になったらなあ」と願う。世の中当たり前でも、睡眠障害の僕には中々手が届かない。8時間位の良質で適切な時間帯の睡眠なんて、もう何年も取ってない。 眠れぬ夜はあらぬことまで考えが及ぶ。時に言葉の自傷、或は躁鬱っぽく。noteでそういうやみは忘れられてく
何かひとつの出来事や話題について複数の人間が書き付けて、それを並べて眺めてみたい。共同執筆じゃなくて、各々が1つずつ書く。何を思いどう書くか、はたまたそこから思考をどう飛ばすのか。物書きの個性や思考が表れるし、そうやって生まれるハーモニーが、また重層的な表現へ転換されゆくだろう。
雑に見送って良かった。本人を前にして泣かずに済んだから。ひとり過ごすこの夜が、あいつの大切さを思い知らせるなんて何て皮肉なんだろうか。 わざわざ2本も記事を書いて、それで「見送る」という感情の難しさと決着をつけるつもりだったのだ、ついさっきまでは。一人を自覚する夜は、少し肌寒い。
なるべく"幸せな"記憶で身体を埋め尽くす努力をしてみる、くろぐろした動悸との闘い テキストにしておかないと、これすらも否定されてしまうような気がして足掻くささやかに 息ること、眠ること、etc… それすらに"資格"が要る湿っぽいくらやみ突き抜け祈りの花火や 水無月にむなしこころと
この時間までオンライン飲み会。色んな話題で熱が籠って、ゲラゲラ笑って、束の間のストレス忘れ。ストレス発散のお陰か、途中から打ち合わせっぽくなった。暇で暇で仕方がないけれど、だからこそ新しい何かを始めるには丁度良い。僕たちは手段と時間を持っている。 近日中にシェアできたら嬉しいな。
「今年の桜は、ちょっと物憂げ。」 勝手に働く妄想はひとりぼっちの極みからか、はたまた立ち止まれぬ花見のせいか 桜は僕のことなどお構いなしに、すくとそこに在る ―――来年は、ワイワイみんなで君を観たいな。 物言わぬ桜へ勝手に願ってから、僕は誰もいない道へ一歩を踏み出した