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アンチ村上春樹とアンチ・ヒッピー。

さて、突然ですが、
私が強烈に村上春樹先生を支持するのは、

「アンチ・ヒッピー」だからです。

もちろんアンチ村上春樹先生の方々は当然周知の事かと存じますが笑、
村上春樹先生の作品は、常に「アンチ・ヒッピー」に貫かれています。

ちなみに、私個人はアンチ・ヒッピーの極みです。

アンチ村上春樹の諸兄におかれましては、
フェラーリとか自殺とか井戸とか女性蔑視とかパスタを茹でるとか笑、、まさか、そんなレベルで村上春樹先生をDISってないでしょうね?

少なくとも私個人として、
村上春樹先生を信用できるのは、
「徹底したアンチ全共闘、アンチ・ヒッピー」の「怒り(物凄く静か、かつ、超高温の)」を肌で感じるからです、ヒリヒリと。

物凄く端折りますが、

今のこのクソみたいな世界を作ったのは、1960年代に髪の毛伸ばして学生運動やってた連中です。

そいつらが散らかすだけ散らかして、一夜にして体制側に寝返って(髪を切って笑)、その後にのうのうと我が世の春を謳歌したことは、私は中学生の頃から調べ倒しています。

そこへ登場したのが村上春樹先生です。

青白い怒りの炎を灯しながら、

「あの時のクソ・ヒッピーども、全員殺す!」

と、頭の鉢巻に懐中電灯二本挿しでナタと散弾銃を持って文壇に登場したのです。

小津映画の静謐さの中に戦争への怒りが通底するように、

村上春樹先生の小説には全共闘(その後みんなバックれ)への怒りが通底していました。

雑誌『ポパイ』の創刊が1976年、村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』が1978年、

「深刻な顔して偉そうに難しいことほざいている」学生運動側のマナーに対して、

『ポパイ』と村上春樹の「翻訳調アメリカン文体」は、
それまでの学生運動連中の「小難しいこと語りつつ、その実目の前のヒッピー女にチンポビンビン」のクソダサさを暴き、ヤツらの言説を陳腐化させて追放することに成功しました。

そして、
『ノルウェイの森』では、1969年を舞台にヤツらの現役時代の醜悪さを描き、

最近では『1Q84』で「その後」にヤツらのやらかした害悪に怒りが大爆発してました。

まあ簡単に言えば、クソ・ヒッピーどもの「学生運動挫折〜第三世界の神秘主義への転向」がオウム真理教を産んだんである。

村上春樹先生はオウム事件のノンフィクションも書いてます(私は気が弱くて読んでませんが笑)、
つまりクソ・ヒッピー〜オウムという流れに「当事者意識」の覚悟を持って臨んだのでしょう、
「1960年代を生きた人間の責任」として。

糸井某や高橋某や坂本某の「元全共闘」が1980年代に入ってハシャギまくっているのを尻目に、

この村上春樹という作家だけは信用出来る

と、当時10代の私は直感したのでした。

そしてパスタや冷えたビールやフェラーリやヤリステのシーンは「刺身のツマ」だと思ってましたが、「ソレ」に釣られちゃうアンチ村上春樹という方々が居ることを後に知って驚いた記憶があります。

そんな感じで、
ごきげんよう。



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